(5)・付けたり

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ゼニ神社とニセ台湾屋と煮染めちまったシカちゃんを書いた。
いずれも、「そう思っていること」と「そうであること」の違い。ひどい言い方をすれば、妄想と現実ということで、過日しつこく引用した、ヨルムンガンドの主題歌にある「Reality & Dream」でもある。この差からこの世の騒々しさも、ゼニのタネも出る。
だから何事にも、素直に感動しちまった方がシヤワセかもしれない。神さん拝むのもその一つで、狂信者はシヤワセを分けてあげるつもりで人殺しをするのだ。だからそこまで至らない場合、人とハナから付き合わない場合、それともう一つ。
人や世間をバカにし切っている場合、はしゃいで素直に感動しちまうのはいいことかも。大仏ゆかりの聖武天皇はたぶんそういう人で、藤原氏出身のカミさんが怖くて怖くて引っ越し魔になる一方、何か変わったモノが出るたびに舞い上がった。
大仏と言えば天平という年号がすぐに浮かぶが、そもそもこれがそう。藤原一家のマロという男*が、ある日ヘンな亀を拾ってきた。「そりゃもう尊い天皇さんが、天下を百年平らかに治めまっせ」と甲羅に書いてあったという。えー!! そーなのー!!
と聖武は喜んで、そんで天平に改元。一方ゼニ神社ゆかりの元明天皇は、天智天皇の娘だが、秩父から銅が出たと喜んで、「ポンニチの銅」=和銅と改元。ついでに作ったのがあのコインだが、ばらまいた所「これ、食えるの?」と言われたらしい。
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元明の孫聖武の時にも出物があった。大仏はキンキラキンがいいよね、と塗っていたのだが、当時黄金は輸入品。ずいぶん高く、チュコクチンに売りつけられただろう。ところが東北の山奥で、あるときひょこり金が見つかった。えー!! そーなのー!!
ポンニチに無いと思ってたのに。すげーや仏。やっぱ慈悲じゃね?** と聖武は喜び、天平感宝(=カメの次はキンが出たぜ!)と改元。だがどうも情緒不安定だったらしく、その年内に勝手に坊主になり生前退位。SSRIでもありゃあ良かったのに。
いきなり天皇にされた娘の孝謙女帝も、何かと情緒不安定話が多い。後の江戸時代、本居宣長は著書の中で、「あまりに情けない。心ある人はこの話を読まないで欲しい」と書いている。以上の事実は、まじめな史書に書いてあることでアリマス。


*マロという男:たぶんこういうこと。将来キムチ臭くなる予定の技術者集めて、「おい、あのバカたぶらかせるように甲羅を彫れ。」データマイニングとかwin-winの関係とかインバスケットとか、横文字のアメしょんクズが今やってることと変わらない。
娘の孝謙もこの手で騙された。アラフォーのある日、寝ながら天井のシミを数えていたら、天下大平と文字が浮き出た。えー!! と思っていた所に早馬。駿河の国でカイコが字を書いたという。いわく、女帝さん百年生きまっせ。書くわけないよねぇ。
**元漢文読みとしての意地っ張りとして書いておく。いくらこの九去堂が、わらかしのために毎日フカシぶっこいてるとはいえ、諸賢にウソはつきたくないもんだ。『続日本紀』天平勝宝元年四月甲午朔条を直訳するとどうしてもそうなる。

夏四月甲午朔。天皇幸東大寺。御盧舍那仏像前殿。北面対像。皇后・太子並侍焉。群臣百寮及士庶、分頭。行列後。勅、遣左大臣橘宿禰諸兄。白仏。三宝〈乃〉奴〈止〉仕奉〈流〉天皇〈羅我〉命盧舍那仏像〈能〉大前〈仁〉奏賜〈部止〉奏〈久〉。此大倭国者、天地開闢以来〈爾〉黄金〈波〉人国〈用理〉献言〈波〉有〈登毛〉。斯地者無物〈止〉念〈部流仁〉。聞看食国中〈能〉東方陸奥国守従五位上百済王敬福〈伊〉、部内少田郡〈仁〉黄金出在奏〈弖〉献。此〈遠〉聞食、驚〈岐〉悦〈備〉貴〈備〉念〈久波〉。盧舍那仏〈乃〉慈賜〈比〉福〈波陪〉賜物〈爾〉有〈止〉念〈閉〉、受賜〈里〉恐〈理〉、戴持、百官〈乃〉人等率〈天〉礼拝仕奉事〈遠〉、挂畏三宝〈乃〉大前〈爾〉、恐〈無〉恐〈無毛〉奏賜〈波久止〉奏。

ついでに本居宣長の方も記しておこう。

「これらの御言は、天つ神の御子の尊の、かけても詔給ふべき御言とはおぼえず。あまりにあさましくかなしくて、読み挙げるもいとゆゝしく畏ければ、今は訓を闕ぬ。心あらむ人は、此はじめの八字をば目をふたぎて過ごすべくなむ」
『暦朝詔詞解』

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