秩父昇天記(2)

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さて秩父に入ったはいいが、雨が激しい。

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象徴である武甲山は雲に隠れ、今一つの象徴セメント工場が見えるだけ。ここでSくん、棚田へ行きましょうという。11年の酔いどれ紀行でも、Sくん越後の棚田へこの九去堂を連れて行った。あれほど規模は大きくないですがね、とSくん付け加える。

棚田と言えば思い出すことがある。120年前の日清戦争直前、清国艦隊が日本へ威嚇に来た。表向きは親善訪問だが、まだ巡洋艦程度の小ぶねしか持たぬ日本に対し、7千トン・30cm砲を積んだ戦艦2隻を主力にして。なんだか最近と似ている。

また長崎で、乱暴狼藉を働いたのも似ている。その司令官丁汝昌は、瀬戸内の棚田を見、どんだけ貧乏なんだお前ら、と言ったという。棚田は中国にも山ほどあるから、本当かどうかは知らない。本当なのは陸でも海でも、清がボコスカ負けたこと。

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横瀬で国道299を右折する。緩い登りをやや進むと、緑の地面が現れる。これ即ち棚田である。駐車場が区切られており新しいトイレも設けてある。無論雨は続いているが、Sくん傘も持たずに車を降りた。私はやたら丈夫な傘と4cmビノ持って外へ。

視界に人煙無し、と表現したくなるほど静か。ほかに軽自動車が一台居たが、なんだかそそくさと出て行った。田の段差はそれほどなく、所々サトイモが植えられている。棚田の上限と思しきところには東屋もあって、あそこからも眺められるようだ。

適度に田舎で視界は南に開けているから、三脚に対空双眼鏡でも持ち込めば、素晴らしい星空が楽しめよう。そこまで用意しなくとも普通のビノで、ぶらりと星見に行くのも悪くない。これはいいところを教えて貰った。などと考えているとSくんの声が。

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ご覧なさい、もう稲が稔ってますよと言う。うむSくんや、これは早稲と言うのだよ。古来その田を早稲田という。さあ讃えたまえ。わ・せ・だ。というようなことを脳内で思う。外人を納豆バーに連れ込むようなものだし、こんなイヤガラセでは情けない。

Sくんがやや恐縮したように棚田としては、へ~。で終わってしまいそうなこの寺坂棚田、しかも雨さえ降っているが、この九去堂にとっては面白い。棚田を取り囲む山々に、雲とも霧とも分からぬもやがかかり、ビノで覗けば水墨画の如きけしきが。

ビノを渡してSくんも眺める。私は裸眼で感慨にふける。イヤ全く、本当に恵まれた国土に住んでるよ日本人は。確かに世界の主要国中、こんなにじめじめした所もないが、それゆえに森が豊かだし、豊かな森は住まう生物全ての暮らしを保証する。

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だからといってまともな国にはならないし、じめった森林国はたいていダメな国でもある。暑いからだと言われそうだが、東京の夏はカイロよりひどい。そしてインドネシアと同じく島国だ。いろんな事情が積み重なって、今日のポンニチがあるわけで。

そのおかげの一つである新設トイレにSくん行く。入れ替わってこの九去堂も行く。やっぱり見えませんねえ武甲山、と言うSくん。来るのが二度目でしかも雨ゆえか、では行きましょうかと促す雰囲気。もうちょっとね、と止めて飽きもせず、雲を見る。

耕テ山顛ニ致ル、ソノ貧ヤ思フ可シと言ってのけた事になってる丁汝昌の時代、雨中に雲霧を見て国富を思うまでには、人間賢くなっていなかった。個人として、九去堂は提督にとても及ばないが、まとも学者と技師の積み重ねは恐ろしいばかり。

ようよう車に戻る九去堂。
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Sくん市街地へ向かい車を進めた。

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