秩父昇天記(0)

秩父は全て、山の中である。

秩父
峡谷をか細く荒川が北上し、また東下する流路に沿って、秩父鉄道など交通路が熊谷まで通じているが、それ以外は峨々たる山塊に囲まれている。ただその中心地はやや広く、和同開珎の鋳られた古代より現在まで、鉱産の地として知られたらしい。

東京から所沢を経て秩父までの、まっすぐな交通が開けたのは最近のことで、西武秩父線の開通は昭和44年であるらしい。正丸トンネルが開削されたのはさらに後、昭和57年であるという。秩父を通じさらに甲州へ通じる雁坂トンネルは平成10年。

=1998。ここまでになると、私の記憶に入ってくる。当時住んでいた八王子から富士吉田、それにいくつかの林道を経て雁坂トンネルを抜けた。秩父より山一つ北の両神山麓で、道路終点にテント張って寝ていたら翌朝私有地だった、ということも。

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その後帰京中の重爆RS号で、お祭り中の秩父市に迷い込んだり、メイト君で周辺の林道を堪能したり。だが秩父そのものをうろうろしたことは、08年にSくんに誘われ出かけたことしかない。あの時は素晴らしい星空で、メシも酒もうまかった。

さて先日の、第二次早慶戦でのこと。Sくんが、秩父へ行きましょう、という。ただでさえ山頂にある三峯神社から、山伏の真似を二時間弱やると、やや山伏になれるという。積年のモクですっかり肺をやられているこの九去堂としては、うへえと声が。

出そうになる所を知らんぷりする。するとSくん、ケイオーの後輩Kくんも誘いましょうという。聞けばその山道、最近何かと話題の、熊が出るという。武道の有段者が三人揃えばなんとか、ということらしい。無論、山のあるじを退治出来るわけがない。

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ネットで探ればぽこりと突き出たお山の頂上まで、鍛えた危機察知能力を生かそうというのだ。対して団塊は平気な顔で、熊の巣穴に石を放り込むような真似をする。喰われて当然だがさて我らはどうか。おいちゃんはね、と私がおもむろに言う。

もうトシだから君たちにはついて行けない。ついては二人がクマに囓られてるかたわらを、ゆっくり登ることにしよう。うふふ。Sくんどんな顔をしたのか覚えていないが、いつも通り全てお任せにしていると、あっという間に計画と手配が済んでしまう。

宿は三峯神社の宿坊であるという。それは素敵なのだがこの九去堂、さてどうしようかと考えた。ここの所炎天下にもかかわらず、とぼとぼこの足で出歩いたのには、実はこういう事情があった。その他役立ちそうな装備をググったり仕込んだり。

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さんざん削られてコンクリの粉にされてしまった秩父は武甲山の如く、衰えた循環機能には酸素が一番であろう。原発騒ぎの時に買い込んだ酸素缶でも持ち出すか。漢方的にはこう言う時こそ、牛黄製剤が効くであろう。ストックは当然2本を用意。

あれは05年だったか、北海道のとんでもない山道を歩いていて、山屋のカップルと行き違った。その時教えられたのは、やはり人間も元は四つ足、おのれを偽って二本足で歩いているという事。ケイオー勢に対抗するには、この知恵を生かすべき。

とか考えている内に日が近づく。雨が降って欲しいような、欲しくないような気持ちで過ごす。1週間前にSくんからメールで詳細が届く。天気週間予報は日ごとに変わる。台風は団体でポンニチに来たものの、お山の秩父は照るか降雨か分からない。

そして当日朝。

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乗り込んだボックス席の快速急行が、雨の西武池袋駅をあとにした。
(つづく)

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