実見・覚王山日泰寺(後篇)


日泰寺の境内(赤)を出て、舎利を納めてあるストゥーパ区域(青)に向かう。

今度こそ、人っ子一人居ない。参拝者どころか坊主の類もだ。建物は全て鎖錠してある。ここはそうなるまいが、我がポンニチを害する不逞外国人や、アカどもはじめその手先の連中が、テロ対象として狙う弱点を思う。仇為す敵を攻めよかし。
s-K0010011.jpg
寂滅を説いたブッダの教え、そのある意味ポンニチ一番のゆかりの地で、こんな事を思うのはどうかとも思うが、いやはや嫌な時代になったものだ。冬の夕日が心細く照らすすごい景色をとぼとぼ歩くと、階段があってその上で行き止まり。
s-K0010012.jpg
別にテロを警戒しているわけではなかろうが、一般の参拝客を押し止める門の奥に、拝殿の如き建物、そのさらに奥がストゥーパ。生きて拝むにはずいぶん遠いが、死んだ後なら5万円出すと、あの近くに焼け残りの骨を置いて貰えるらしい。
s-K0010013.jpg
振りさけ見て思う。本来ブッダの教えは拝む対象が無く、私を拝んでも仕方ないよと、ブッダ本人が諭している。実践しなさいということだが、死後は私の骨でも拝んでおきなさいと、弟子に言い残したともある。だが骨と骨が出会って何になろうか。
s-K0010014.jpg
そう思わない遺族が建てた墓が、この階下周辺にはずいぶんある。
s-K0010017.jpg
どうせ墓建てるならお釈迦様といっしょ、というところだろうが、はかかった、ばかはかかった、たかかった、と谷川俊太郎にからかわれたのもまた、こういうことだろう。で、それらのうち行き止まりの門から一番近いのがこれ。看板まであった。

泣き叫ぶような表題の石碑、ずいぶんでかい上にさや堂まで建ててある。その由来碑は一基でいいと思われるが、ご丁寧にも二基建ててある。撮りやすい方を撮してみたが、そこにいろんな事が書いてあって、何とも論評のしようがない。
s-K0010015.jpg
谷川の文の続きは、はかかんだ、ばかはかかんだ、かたかった。はがかけた、ばかはがかけた、がったがた。はかなんで、ばかはかなくなった、なんまいだ。とある。階段の下なる両側に、そうした墓だけでなく、威圧するような石碑の数々。
s-K0010019.jpg
何だろうと一々碑文を見て回ったが、歴史もんであるこの九去堂ですら、知った名前は一つだけ。だからこそこんなでかいのを建てておく動機があるのだろうし、石屋も儲かって結構ではあるが、さすがにでかすぎるだろう、と思うのがあった。
s-K0010020.jpg
5mほどか。従六位後藤新十郎之碑、男爵山本達雄書とある。あとで調べると、名古屋の株屋の親分だったもと名古屋市会議員らしいが、従六位と言えば陸海軍少佐なら貰えた官位で、持ちガネと名誉のアンバランスに苦しんだものと見える。
K0010021_20151229173600cf5.jpg
ここで時というのを思うべきだ。ロシアにはスラヴ美人が住んでいるが、ソ連屈指の美人女優と讃えられた、アレクサンドラ・ヤコウレワさんも、経上がれば精強ナポレオン軍・精鋭ナチ親衛隊も、泣いて逃げ帰るような偉丈夫と化すのだから。
Александра Яковлева アレクサンドラ・ヤコウレワ
画像出典:http://osoroshian.com/
だがもう一つ思うべきは、こうやってこの九去堂如きが揶揄論評できる自由というものだ。ものを言われて僅かでも気に入らないと、押しかけてきたり、腐った生卵ぶつけたり、はては命を縮めに来るようなのは、まともな連中とは言えない。
仏教が本国インドで衰えてしまったのは、そういうバカ騒ぎをするなと教義にあるからだが、なんともはや。そういえば仏像なるものが作られ始めたのも、侵入したクシャン帝国軍に虐殺される日々の絶望の中で、縋りたい一心からだった。
そんなことを思いつつ、駅への道を南下する。
覚王山周辺
ずいぶん、寒い。冬の乗せられもの旅の用意とて、頭の先からつま先までウール、そしてダウンのロングコートで装甲してはいるのだが、さすがに額周りに汗冷えも感じる。新幹線の時間もまだある、致し方なくにっくき先ほどのスタバに入る。
覚王山周辺
にっくきと言うのは嫌煙屋どものすくつ*だからだが、ゆえに注文法などわからない。分からんと言ってお兄ちゃん店員に丁寧に教えて貰い、若い女性がうようよしている一階を避け二階に上がる。大して変わらぬが空き座席はそれでもあった。
s-WIN_20151227_161401_1.jpg
掛けたのは四人がけ丸テーブル。両階とも勉強したり本を読んだりノートいじって時間をつぶす者ばかり。私も百人一首詞書など読んで時間をつぶす。しばらくすると女学生の集団がやってきたので、丁度空いた一人席に黙って移る。
s-WIN_20151227_161401_2.jpg
移った先は寛げるようにとてか低い、ゆえに本が読みにくい。すぐ両隣に若い女性が居て気味悪くもある。私はほもではないし稚児趣味でもないが、いつ何時残忍野蛮と化すかも知れず、力で反撃即悪者にされちまう生物は、気味が悪い。
それでもボクはやってない
画像出典:http://free-autotrade.blog.so-net.ne.jp
お釈迦様もおっしゃってる。

アーナンダ:師よ、女性が来ました。
ブッダ:見るな。
ア:見てしまいました、どうしましょう。
ブ:話しかけるな。
ア:話しかけてしまいました、どうしましょう。
ブ:つつしんでおれ。

伝えられるところに拠ると美男で、ブッダの親戚でつまりは王族だったアーナンダでさえこうだ。世に捨てられ世を捨てたそなへんのマダオであるこの私が、女性に近づいてどうしようぞ。
銀魂 長谷川さん ハセガワ マダオ
©空知英秋センセイ
それさえなければこの店内、ほどよく薄暗く弱い冬の夕日が当たって、心地よいのだが。モクをやれんことを忘れそうなぐらい。というわけでその後も二度転封し、背の高い独立座席に収まること30分。そろそろよかろう、名古屋駅に向かった。
s-WIN_20151227_145414.jpg
駅前でクバンスカヤ・スタルカ買って東京に戻る。
(完)


*「ただし現在この言葉を使うのは厨房だけである。」と「通信用語の基礎知識」にあるが、おもしろけりゃいいのよ。

スポンサーリンク
スポンサーリンク



スポンサーリンク



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク