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テン張りの騎行はカネがかからぬものだが、四国は一層そうだったりする。
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そこはお遍路の国、無料やそれに近い善根宿・通夜堂・東屋のたぐいが各所にあるからだ。
だがそうしたしつらえは、やはり歩きお遍路さんのためのものだろう。我が若年に、一歩、また一歩と二本の足で峠を登ってお四国参りをした記憶がそう言う。
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冷蔵箱車に載貨され汚雑を撒き散らし、耳舌身意を満たすことのみ願うニセ遍路の団塊どもは無論、この不信心な九去堂ごときが蟠踞していいところではない。
だが誰でもどうぞの宿なら、その気遣いはない。
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今回チャリダー宿で、二晩お世話になった。
その筋の方にはご存じのとおり、しまなみ海道はチャリダーの聖地だと言う。
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ついに無料となった橋で島々を巡れるし、綺麗なものうまいものにあふれている。
そうしたチャリダーたちを迎える宿では、着いてすぐに、柑橘を絞りよく冷えたウェルカムドリンクが出てきた。これはライダーにも有難い。
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気が大きくなったおいちゃんは、がまぐちを取り出し島採りイチゴのなんたら、というのを追加注文してしまったほどだ。
宿は近年の傾向とて、外国人も滞在している。臨時スタッフの二人は、台湾から来た旅の途中だそうだ。
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ああこれだよ、と思ったのは、かつて若年の頃の旅人文化があったこと。
高度経済成長から前世紀末まで、北海道をはじめ日本各地には旅人宿がたくさんあった。
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(その貴重な生き残り、06年、北海道にて)
私が実見したのは、バンダナ長髪剃らない顔、とうに終わった安保闘争の敗残兵のようなお兄さんが、ぺけぺけ西洋じゃみせんをかき鳴らし、同宿人は狂い踊る。
自分も染まればそれも実に面白い。今でもこれをやっている(だろう)宿が、北海道の離島にただ一軒だけある(はずだ)が、ここまでくるともう文化財だろう。


(06年、北海道礼文島にて)
踊りや騒ぎへの巻き込まれはともかく、旅人同士の語らいというのはよいものだ。だが、それはほとんど絶えた。
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(06年、北海道襟裳岬にて)
私は過去を確かに見たのだ。だが多くの若者・旅人のざわめきであふれていたそうした宿が、今や全く寂れている景色を見て、時の冷厳を思ったことがある。
お兄さんたちがよく奏でていた、この曲が似合うと思った。
その残り香、いや再生と言うべきか、それをこの宿で見た。
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廃屋だったのを、みなで寄り合って綺麗に建て直したそうだ。
台風とて、本来はチャリ置き場に安住する我が乗騎メイト君。
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これまた本来素泊まりだが、料理上手のスタッフが作った晩餐を、どうぞ、と勧められる。
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これがまたうまいんだ。
語らいは毎夜続き。
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いい具合に杯盤狼籍。
かつてのユースホステルのような、時に松平定信の如き禁止監禁生活、時に狂乱への否応なき拉致、あるいは歓喜を伴う絶叫、いずれもない。
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美化して言えば、あるのは一期一会。ここではポンニチはよくなったかどうかはわからぬが、静かにはなったと、かつて狂い踊った私には言えるのみ、うむ。


付記。ここで「チャリダー」という言葉を使ったのがよかったのか、迷っている。鉄の馬騎りを指して「バイカー」という言葉が一般化しているようだが、そう言われるとうんざりする自分を感じるからだ。
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ならず者、と言われたような気がするのだ。上記の宿で自転車騎りに聞いてみたところ、別に気にはならないようだが、「サイクリスト」のような、彼ら彼女らの自称を使うのが礼儀にかなうような気が、している。実のところ、どうなのだろう?

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