(15):旅の仕上げ


1340ごろ、波浮港の寿司屋を辞した。行きそびれたポイントをめざし、私とメイト君は島を半周する。
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途上、神のごとき光景を見る。
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美しい風景を見て育った者が、美しい芸術や数式を創るのだ、と数学者の藤原先生が言っていた。肥だめ臭い山村の寒村に生まれた私は、海の見える暖国で余生を過ごしたいと、埒もない願いを持つ者だが、こういうところに生まれていればなぁと、さらに埒もない考えに取りつかれる。
元町のまちに入る。役場の旗竿に、半旗が掲げられていることに気付く。
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ふるさと体験館は今日も休み。前庭でメイト君を輪騎りしつつ様子をうかがうと、どうやら恒久的に休みらしい。
さもありなんとて、さらに椿のトンネル道を行く。無論未知の道で、もともと当てにならぬGPS航海士、アメリカ人のzumo君など全く当てにしていない。全てはこれ、島への甘えと私のカンだ。
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目指したのは牧場の売店ぶらっとハウス、こちらは貼り紙通り営業していた。
売店に置いてある地元農産品には、これといって目を引くものはない。しかし島牛乳で作ったアイスは、糖質セイゲニストも心惹かれる。
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りっぱなパシティエ帽をかぶったおじさんが出てきて、色々と講釈を聞いた後、アイスを注文した。講釈の内容は忘れてしまったが、アイスに対する強い思い入れが感じられた。なるほど、美味い。
牧場を去って次は空港へ。羽田便・調布便はすでに飛び去ったあと、館内は閑散としている。
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これと言って空港には用のない私だが、ふと見ればおそらくは町役場の方々、ホールで餅つきなどしている。飛んできた観光客へのもてなしか、それとも内地へ帰る元島民へのはなむけか。それを眺めやりつつ喫煙所で1本ふかす。
屋上のデッキに上がってみる。
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利島・三宅島に向かうヘリ便が、今まさに飛び立とうとしていた。
それを見送って空港を出、元町の街へ食材の買い出し。
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ところが店の商品が払底している。とりわけ肉類が全くない。正月休みの島ならではで、ではと別の店へハイヨーとメイト君を駆る。よしよし、出来るだけ多くの場所でお金を使うという、この旅の目的を果たすことにもなる。
今夜のつまみたる肉を買う。見つけた旨そうな島酒も買う。瓶がカチ合って割れちまうんですがとレジの昔おねいさんに言えば、済みませんねぇ、酒屋じゃないんで新聞紙しかありませんが、と指を指してくれた。たんまりと買い込んで今度はメイト君の補給。こちらも初めてのスタンドを目指す。
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メイト君はタンクが小さいから、給油中馬の傍らで、ぼぉーっとするのが普通である。ところが、まぁお寒いでしょう、どうぞどうぞ中で暖まってください、とストーブがかんかんに焚かれた事務所に招じ入れられる。
多少の言葉のやりとりを、店主のおじさんと交わしもする。こういう心遣いと共に、「このままじゃ島が沈んでしまいます」という言葉が、島の方々が切実に、観光客の増加を望んでいることを、この風来坊に知らしめる。
来島者数
伊豆大島来島者数
出典:大島町サイト。一部改変。
補足:1929-48,722 1931-82,104 1933-194,293 1950-73,211。1973年について、「来島者史上初の83万人台を記録」と同サイトにある。

どうなので、あろう。私は伊豆大島に来るたび、島の方々が風来坊を遇する、この心配りに頭が下がるのだが、それはどこから来るのだろう。1つは、御神火様と、ではなく、御神火様に住むという、この島の厳しい自然環境がそうさせるのだろう。
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いったい、御神火様のご機嫌次第で、全島民が避難せざるを得ないところだ。人の手ではどうにもならぬ事があるという、当たり前だがほとんど忘れられている真理を、島の方々は肌で知っていると見る。だからこそ驕りを戒め、人を悪しげに扱ってはならぬという、それが基調音をなすだろう。
もう一つはやはり、人界的な島の厳しさだ。国が縮んで行くこの時世で、島の人口は一層厳しい。加えて来島者も減り、使うお金も減るとならば、寂れは一層加速される。現実問題として観光客には、手厚くもてなす事が必要になろう。
大島町人口2
出典:wikipedia
それをいいことに、やりたい放題をやる生パンピーどもを私が忌み嫌っていることは、これでもそっとではあるが、この記事で連ねてきた。しかしもし何らかのきっかけで、島に押すな押すなのお客が押し寄せ、それが当たり前になったらどうなるのだろう?
私は全国を経巡ってきた。放っといてもお客が来るのをいいことに、人を人とも扱わぬばか者どもや、事あるごとにふんだくってやろうと待ち構えている連中(1軒しかない食堂の素ラーメン¥1000とか)が、決して珍しくはないことを知っている。古くからの、今でも流行っている観光地とか、あまりにあんまりな僻地というのは、たいがいそうしたものだ。
ツーリングなどすればガキもしくは下人扱い、金だけ取って追ッ払うような目にも遭わされたりする。某G県の名湯とか、某北国の小島とか、堕落した四国の札所とか。無論、たまたま出くわしたのに悪たれが居ただけでもあり、ゆえに四国には行っても坊主には会わないのだが、旅慣れてくればそれがその地の特殊か一般傾向か、見分ける嗅覚はいやでも身に付かざるを得ず、そうでなければ身が持たない。
しかしそれでも伊豆大島は、けっしてそのような場所にはなるまい。
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某所々々が悪たれ・つち百姓の巣窟ではないのと同じ理屈で、ミンナイイヒトタチバカリ、とまで言えばそれはウソになろうが、高慢化した観光地になくて伊豆大島にあるもの、それはやはり、御神火様に住むという現実だからだ。
以上、他人事の無責任を私は書いた。島の方々・関係者の方で、不愉快に思われた方はどうかお許し下さい。島を好んだ風来坊には、もし自分が住むなら生まれたならと、せいぜい想像することしか力がないのです。
さて、スタンドのおじさんやお兄ちゃんたちに別れを告げ、すぐ傍らの元町港へ。
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桟橋に向かって、看板娘が出迎える。島の方々の汗が、実ると良いのだが。

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