(8):異人たちとの冬*

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*山田太一、大林宣彦両先生済みません。タイトル、パクりました


若き日、独りで新宿まで見に行ったこの映画がなければ、プッチーニもジャンニ・スキッキも知らずに生を終えたのであろうな。
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さて1月2日の夜が明けた、ここは伊豆大島、トウシキキャンプ場。
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と書いて、これでもユマニストか、と自分でも思うマンネリである。
海を眺め、御神火様に手を合わせるのもいつも通り。
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ただしこうした野営の日々は私にとって、ひねもすのらりくらりを楽しむためにやっているわけだから、全くもって望ましいのであった。
というわけで、キャン場周辺の散歩にでも出かけよう。
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このキャン場の、崖に面した海側には、遊歩道が整備されている。そのテン場側にあるのは、烈風からキャンパーを守るべくこしらえられた防風柵、島の方々のご厚意だ。
ふらふらと歩いて行けば、ここがいかに、激しい風に晒される場所であるかを物語るあれこれが。木々はみな一様に、同じ方向にひしがれた姿を止め…
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若葉もまた引きちぎられた。
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昨日ペグを拾って張り綱を強化して、よかったよかった。
しかし今日はなんだか、夕日みたいにお天道様の様子がおかしい。
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♪ぱぁ~ぱぁ~。ぱぱぱぱ~ぱぱ、ぱぁ~ぱぁ~。オヤジ以上だけに分かる*、水曜ロードショウのような朝曇りだ。一雨来るのかな?
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*今でもOPはこの曲かも知れんが、私はテレビを見ないしそもそも持ってないから知らない。地デジ化の時に怒りと共に捨てちゃったのだ、処分費払って。まっ、NHKの一部番組以外は、見てもつまんないし、見る方法は他にもあるし。
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テン場に戻って夫婦者のキャンパー、その奥さんと話す。毎年冬は、海のちょいとむこうの式根島でテン張りしていたのだが、冬期閉鎖になっちゃったと言う。
伊豆諸島
なぜですと聞けば、長期居着いたキャンパーを、島の子供たちが恐がりだし、追っ払うために役場がそうしたとか。あくまで一説です、とは言うが、う~む。
茶を沸かしのんびりと過ごして、11時過ぎてからメイト君で出かける。
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まず寄るのは今日からやっていると聞いた、近場のスタンドだ。
お年を召したおかみさんが、独りで店番をしている。ガスを入れ灯油も入れて貰うと、まぁ冬にキャンプなんて大変でしょう、風邪引かないんですかと気遣いの言葉が。
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加えて、何も言わずにおつりと共に、小袋に入った飴を頂いた。大島いいとこ一度はおいでと、私が言うワケわかります?
お店を辞してこれまたいつも通り、波浮港の釣り場に向かう。
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今日も入れ食いで大漁、干物にすりゃ帰るまで十分のお魚を獲た。
とそこへ、軽トラに乗った黒人がやってくる。
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どうやら島に在住のようで、それもなんだかフレンドリーな人だ。
異人はさらにやってくる。つながれた漁船の一艘に軽バンが近づき、30がらみの日本人女性と、どう見てもロシア人に見える男女の子供、そして女性の親とおぼしきおっちゃんが降りてくる。おっちゃん子供を船に乗せ、釣りの用意なぞし始めるが、様子から見て孫とじいちゃんの組み合わせとしか思えない。
子供は全くなまりのないポンニチ語で、私にあれこれと尋ねかける。ふむ、内地に出た娘が、ロシア人と所帯を持ったのだろうか。それとも、ここ波浮港にもロシア船が来て、船乗りとのロマンスがあったのだろうか。しかとは分からぬが、スラブでさらに混血の子供というのは、やはり天使のようにかわいらしい。
釣り終えた私が帰る用意をしていると、黒人がバナナを一本呉れた。バナナと黒人、そして糖質セイゲニストのわたくし。人の情けと天の恵みは、有り難く頂かねばならない。
釣りを終えて、波浮港周辺の散策に出る。
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まずは行き止まりの道を行けるところまで行く。
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その経路には、異国船打払の大筒が、わずかに名残をとどめている。
ついでメイト君を停めて、急な階段をてくてく登る。
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まさに太古の火口壁*を、山登りのように登っていくのだ。
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*後で調べたら、平安京よりは新しいらしい。げに京都とは、ふる古い~都である。
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振り返ると今日も風が荒れ狂う、吹きさらしのとっ先防波堤で、インド人の集団が宴会みたいなことをしている。
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お・も・て・な・し、とはほど遠い。あれ、どっかの悪徳旅行業者にダマされたんじゃなかろうか。
私がこんな階段を登っているにはワケがある。波浮港は戦前、文人墨客の集うところであったようで、川端のおっさんなどもここに定宿があった。
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その旧港屋旅館は、なかばひしゃげて何とか保存されている。ただし私にとって文人墨客がどうのこうのというのは、ニャンコが前を通り過ぎました、という程度の価値すら持たない。今となっては有り難がるほどの芸ではないし、何より奴らに、ろくでなしが多いからだ。
ガタピシとガラス戸を入り、誰もいない中に入れば、かつてのにぎわいを再現した蝋人形がおでむかえ。
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人ト気の無さと冬の寒さ、床のかしぎと陽にあせた蝋人形。夜中だったら肝試しかも知れぬ。
申し訳ないがそれより私の目を引いたのは、旅館前のこの事務所。
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東京本社と誇らしく。なるほど、ここも東京には違いない。
波浮港の散策は、まだ続く。

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