(20):北端到着


GPSのログによれば、私と乗騎が宗谷岬に着いたのは、正午頃であったらしい。
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ご覧の通り、北端と言うには丸い。ゆえにいかにも岬でございという雰囲気はなく、バブル期の暴力的な騒々しさもない。前者はそりゃそう言うことだし、後者は喜ばしいことだ。
まずはともあれ、雨防ぎのオーバーコートを脱ぎ、最北端のトイレで最北端のナニをさせていただこう。
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ここでこんな画像を撮っているということは、なにやら面白いことがあったに相違ないが、今はそれを忘れてしまった。
モニュメントが並んでいる場所へ歩いて行くと、今まさに、箱車から連行された団塊の塊が、碑のたぐいの前で写真を撮られている。トイレの行列同様、連中が済ますのを待って私も、間宮先生やら最北端やらの碑の前で、一枚撮っておく。
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しかしまぁあれだ、昔さる友人が、私と別の友人について評した際、つきあってると顔の大きさが目立たん、と言ったのももっともである。そもそも頭成(ずな)りがデカいゆえ、私はアライがかぶれず、ショウエイのXLサイズを愛用しているのだが、それでもインナーが私の顔を畳もうとする。けしからぬことだ。
これなるは、宗谷岬の歌を流すという触れ込みの、手の込んだ石である。
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ボタンを押すと歌が聴けます、ということらしいが、風雪に耐えかねたか、団塊・ガキ・小僧のたぐいにいじられたか、壊れちゃったらしい。たぶん修理はされないのではないか。
まぁ静かというのはよろしい。バブル期、と言えば北海道ツーリングの最盛期でもあるわけだが、この公園を囲む物売り屋が、大音声であの歌を流し、なんともぶち壊しだったことを思う。世の中はこういうところでは、進んでいると言っていい。
わんわんと団塊などがタカっているところを外れ、少し歩く。そこは海に下りられるようになっている。
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来ましたよ、ということで手を浸ける。こういうことはやっておかないと。と言うのも今だに、地中海に手を浸けなかったことを後悔しているからだ。
いつもの、バス停横の土産物屋で、金属プレートを買う。その用事を済ませて、乗騎と共に岬を望む丘に登る。
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後ろに見えるのは旧海軍の望楼と、わけのわからんモニュメントだ。わかるのもあるがそれには手を合わせたり、感心したり。
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どうもスターリン時代のとかチュコクチョセンのとかそういう、わぁわぁ雄叫び・ぴぃぴぃ泣き声が聞こえそうな造りものと、私は相性が良くない。
望楼よりの眺めは下の通り。
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※クリックで拡大
右より、青いのがかつて大音声を流していた物売り屋、最北端のトイレと団塊を連行中の箱車、碑のたぐいの集まり、沖に見えるのが本当の最北端である弁天島。
望楼の横には真っ黒なメシ屋があり、なにやらうまそうなメニューが掲げ出してある。客の入りもずいぶん多そうだ。時分どきとて入ろうかと考えたものの、濡れた装束脱ぐのが面倒くさく、順番待つのもイヤで、何よりそれほど腹が減っていない。
合わせて40分ほど岬で過ごし、次なる目的地、豊富温泉に向かう。
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日暮れずして道暗し。

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