(0-2):因縁不浅

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この稿をどう書き起こそうか、迷っている。
それは雨ばっかりの旅のまとめmovieに、陽気な曲を付けたことと関わっている。
普通の人が文章の書き出しがわからないというのは、たいてい、書くこともないのに無理やり書こうとするからだ。書くことで試験に通ろうとか、そういう欲が文に先立っていることもある。
しかし私に欲はあっても事情がそうでなく、書くことがありすぎて、まだ、整理が付いていない。
こたびの北海道ツーリング、毎日雨ばかりという、大変に悪い条件で、以前の私ならぶつぶつと文句を言っていたところだ。
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それが何ゆえか、面白かったとしか思えない。書くに戸惑うゆえんである。
無論、戸惑いつつも書きたいという欲はある。書いて楽しむ、誰一人読まなくても、これができるようになってからが、思えば自分が文章のプロになった瞬間だったろう。そう思えば、リーマン時代の薄給も、独立以降の悪戦苦闘も、ゆえなきことではない、とも思える。
いや、話を旅に戻そう。
子供の頃は、バイクにはこれっぽっちも興味がなかった、むしろ嫌っていたと言っていい。それが大学2年の夏、座席の夜行急行に延々揺られて北海道を訪れ、ガラリと変わった。
八甲田
画像出典:http://www.youtube.com/watch?v=PQsMvOTd8ec
帰ってから教習所に直行、免許取って馬を手に入れ、翌3年生の夏にはフェリーで北海道へ。東京港発・苫小牧行きがあった頃の話だ。
おおよそ1ヶ月だろうか。まだダートだった三国峠や、あちこちにあった、独自の文化を持つ旅人宿、礼文・利尻の島々。道路未開通だった積丹を除いて、ほぼ北海道を回り終えた。


※これは06年の映像
しかし、終えた、とは思えなかったのだろう。4年生の夏は卒論・院試が控えており、それも相当ヤバいという感覚があったにもかかわらず、ぐずぐず言いながら結局北海道に渡った。というよりそもそも、もっと旅をしたい、北海道に行きたいという欲望から、院に進むことを考えたのである。まことにふらちな話だ。
当時はバブル絶頂期で、皇居の前に大きな本社ビルを構える上場企業から、何も活動なしで私は内定をもらっていた。これまた今の若い人から見ればふらちな話だろうが、多少コ増しな学校にいれば、当時はそんなものだったのである。
バブル
だがしかし。
北海道へ行きたさに、旅をしたさに、私は内定を蹴飛ばして走り回ることを選んだ。
YHスタンプ
そして翌年バブルがはじけた。当然、私立文系トウの立った大学院出に仕事はなく、都落ちして配所の月を眺めつつ、便所そうじ小僧から始まる職を求めてのドサまわり、その他インチキ宗教との闘争やら人食い団塊おやじに狩られるやら、私は悪戦苦闘を続けることになった。
バブル崩壊
自ら招いたことである、誰を恨む手間も要らない。まるでマンガみたいな話だが本当で、私を直に知っている人ならニヤリと笑うところだ。そうでない人はゲラゲラ笑うと面白い。
そして今日に至っている。後悔はしていない、と10年前、いや、5年前に書いてもそれは、ただの強がりだったろう。強がりからか、苦闘の時期も北海道のみならず、全国あちこちを旅して回った。行っていない所はほとんどない。
おかげでどこの出身の人とでも、私は話を合わせることができるのだが、では旅して楽しかったかと言えばそうでない。デジカメ時代でなかったとはいえ、旅の写真が何一つ残っていないことからも、当時の自分の気分が想像できる。
楽しむために旅に出たはずなのに、なぜか面白くない。そこへ雨でも降ればなおさらで、せっかく北海道に渡ったのに、つまらないから切り上げて帰った、ということもあった。やがて旅そのものがつまらなくなり、お店の仲間と走る以外、馬はつながれたままになった。だから北海道も06年以降、ずっと訪れないまま。
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※襟裳百人浜、06.09.03。
ここで馬を下りてしまえばそれまでだったろう。サイバラ画伯が言うように、それもまた人生だが、全ては波だ。気を付けつつ波から降りなければ、値は必ず戻る。
値は戻る
そして上げ潮というのは面白いもので、はじめは些細なこととしか思えないものだが、ある一線を越えれば、自分をガラリと変える。
思えばメイト君で旅に出るようになったのが、その一線だろうか。1.3リッターの重爆撃機と90のメイト君、遠出をしますと言えばだれでも前者に騎るのだろう。
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テメエコノヤロ、ブチ抜いてくれるわ、わはははは、そういう気分がリッターマシンにはある。西湘バイパスで高速道路の星になるなら、これ以外の選択肢はない。
加えてアメリカンには、どうだすごいだろう、俺ァカネもってんだぜ、ほっほっほ、という見栄もあった、私の場合。
しかしメイト君にはそれらの力みとしょうもなさが、ぜんぜんない。気張らず焦らずトコトコと、道を行く旅もまたよいものだと知った。
K0010267.jpgそれやこれやと財政的な事情から、重爆撃機を手放した私だが、今だ財政的事情なのに、ほとんど間を置かずかもしかを手に入れた。それはメイト君と四国を旅したことの、私の結論であるとは以前書いた。それはともあれこの数年、私の何かが変わったらしい。
まぁ世の中に、一因一果というのはないもので、私が変わるのを支えたのは武道など、馬のあれこれだけではない。ただしそれでも大きなきっかけではある。そして変わった私が何をしたくなったか?
やはり、旅だ。
それも誰かによって、何かによって楽しむのではない、ただ自分のみが自分によって楽しむ旅である。
誰が何をしようと、何を言おうと関係ない。他人に一切期待しなければ、人は自由になれる。
服着た自分と、馬と、煮炊き寝泊まり洗濯の道具、そして少々のお金。風が吹こうが雨が降ろうが関係ない。願わくば事故なく、そしてライダーを食い物にするあの連中さえ関わってこないなら、旅は楽しいものである。

それゆえ事前の整備、慎重に道を行くこと、そして前を見るときは後ろも見つつ、連中をかわすできる限りの兵器を装備して、私は7年ぶり、そして何度目になるかもう覚えてもいない、北海道を目指すことにした。
♪はっとして気が付いたら 引き返せないほどの距離が
ただ前を見ることは 怖くてしょうがないね…
会いに行きたいよ 遠い空間を…
たどり着きたいあの場所

私にとっての北海道は、そういう、場所だ。
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では、行こうか!

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