名古屋出張顛末記(8)

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夕暮れ、Fくんが待つであろうとある駅へ向かう。
名古屋は土地勘がない。どのようにすれば間に合うか、忙しい駅員さん・運転手さんを煩わせて作戦を立てる。
地下鉄に乗る。以前乗ったときはまだ私は、小学生だったはず。確か動物園に向かうために、この鉄道に乗った。当時は車体が、すべて真っ黄色に塗られていた。今はステンレスの銀色だ。わずかに巻かれた色帯に、かつての面影を感じる。
こまめにメールを入れる。Fくんが読むかどうかはわからないが、不安にさせてはいけない。とある駅でお待ちしています、と返電があったのを見て安堵した。
その駅の改札を出る。やや間を置いて、Fくんの姿を見つけた。やあやあ、元気だったかい?
Fくんにくっついて地上に出る。行きつけの店でいいですか、と控えめにFくん言う。酒を飲むのも人の大きさだ(、としなければ私が救われない)。Fくんほとんどお酒が飲めなかったのに、時の推移という、このような果報を私が見れるとは。
外観、内装を、黒塗りの木板でそろえた店にFくんいざなう。さよう、耐候性のある塗料がコールタールしかなかった頃の日本を、私は覚えている。ゆえに落ち着くしつらえだ。
私はコロコロと、得物を担いでいる。案内された席は階上だ。ゆえに1F に荷を置くしかないが、店では預かってくれるという。
預ける際、Fくん私の荷をとろうとする。ありがたい。
でも気にしないで。おっちゃんの方が体がデカイのだから。
いつも通りお姉さんを笑わせて、荷を預かってもらう。
席に体を据える。
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話が進むにつれて、1つずつFくんネタを取り出す。すなわち、書いた記事の切り抜きだ。
私は本屋ではあったが、ブン屋であったことはない。ゆえにその制限を想像して、その中でFくんがいかに戦ったかを思った。
いささか、世間と離れてはいる。かつ、善意の文だった。
私の世界観と異なるのは無論のことだ。しかし、正しいものは正しい。
善と真がそろったことばを読んで、Fくんがそなへんの、世間に甘やかされた哲学者ならぬ哲学学者=ち(検閲)こ教授ではなく、哲学したい我であることを確信した。
あとはね~。美がそろえば申し分ないが、そりゃあまぁ、新聞だからむつかしいでしょう。歳も若いんだし。
おっちゃんはブン屋の経験がないから無用なことは言うまい。今ある場で、いかにしてその制限から、真と善がそろった美を、文章で表現するか、Fくんの今後の文章をもっと読みたく思った。
Fくんは酒場に私を連れ込んだゆえか、自身も大きなジョッキを手にした。
私はといえば酒鬼だから、たかがジョッキ程度ではあっという間である。無論Fくんを見つつ、飲む量を調整してはいたのだが、こればかりは救いようがないくらいどうしようもない。
どうしますかとFくん言うので、まぁ気にせず。あたしの酒量につきあってたら大変だよ、と言えば、Fくん控えめに笑う。
宿に帰る時間を思えば、時を忘れるわけにはいかない、それがおっさんとしてのたしなみだ。ところがどうやら、私はこのたしなみを忘れたらしい。そういう時を過ごして、帰りの電車をFくんに検索してもらいつつ、宿への道をたどる。
よい、夜であった。
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以下、Fくんへ。

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