酔いどれ紀行:アキバ神田編(3)

スポンサーリンク


さて期待のおチリは見えずとも、茶店でSくんとの会話を楽しんでいた私だが、時間もようよう過ぎて、Sくん少し歩きませんかという。うんそうしようと私が言うと、どっかいい散歩コースありますかと聞く。
ここでなじみの望遠鏡屋がチラと頭をかすめたが、それでは中学生が夜中にすることと変わらない。そんなところにつきあわせては気の毒だ。
幸いにもここで、パタパタと天使が私に降りてきた。Sくんニコライ堂に行こう、と私が言う。いいですね、ついでに神田明神にも行きましょうとSくん返す。ともどもインテリの歴史屋であるからには、この手のポイントを楽しむ性向がある。
てくてくと坂を上がっていく。神田川に沿って中央線と丸ノ内線の、ガタンガタンという音がする。見上げれば医科歯科大の校舎がそびえてもいる。この道は秋葉近くと言いながら、人通りは打って変わって少ないもので、今日は休日と来たからにはなおさらだ。
程なく明神様の一の鳥居が見える。その前で、Sくん神前の礼をした。むろん私も気づいてはいたが、まだここでは礼する気にならない。なぜか? 一の鳥居の向こうには、当然ながらお社の大門がある。その前にはお定まりの、物売り屋が並んでいる。物売り屋を拝むのは滑稽だ。
大門に至って私も、神前の礼をする。Sくんと修業した道が違うから、礼式は異なっているかも知れない。私のは合気のお師匠様から学んだ(わざわざ教わったのではない)もの、連盟の制定であるもの、いずれも腰を30度折る作法だ。
ヘンかも知れない。要は、仏壇にしょんべんかける気にならない、ということだ。
そなへんのおっさんである私ですら、自我の内に指導理性ぐらい持っている。しかし外には一切の神を持たぬ私が、神前の礼とは不思議なことかも知れぬ。しかし人々の記憶に敬意を払えないようでは、それは土人としか言いようがないし、むろん歴史を踏まえた教養人ともいえない。
大門をくぐると手水場がある。以前ともに訪れた、越後の頓狂なお稲荷さんでと同様、作法通りに潔斎を済ます。
人出は多からず少なからず丁度よい。手水場近くに囲いがあり、ご神馬がちょこんと立っている。ちょこんというのはちっちゃなお馬さんだからで、馬に詳しいSくん、これポニーですよと言う。
ずいぶん毛並みが荒れてるね、と私が言う。お馬に近寄ったSくん、その様子をじっと見て、この子はもうくたびれてるんです、という。かのK塾で、お馬と親しんだ時間が長い、Sくんならではの観察だ。お馬も日がな一日、甲乙丙丁の相手をさせられて、そろそろ日暮れだ。そりゃあくたびれるに違いない。
拝殿に向かう。Sくんは投げ銭、それと作法通りの柏手など拝礼。私は投げ銭もせず、深く一礼して仕舞いとする。お祀りの一柱は将門公だから、遠いご先祖を拝んでいるといえなくもない。しかし拝みはしてもお願いする気はさらさらないから、ご挨拶に止めておく。
さて帰るかな、と首を回すと、宝物殿なんたらとの看板がある。行ってみる? 行ってみましょうか。野次馬根性が強ければ、日々を楽しく過ごす機会が増えようというものだ。この後、不謹慎にもゲラゲラ笑う仕儀となったのだが、それは後の記述に譲ろう。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする