ハワイ追憶


兵庫さんの記事に、過ぎた日を思い出した。
ハワイに行ったのは、08年の今頃である。成田からJALで飛んだ。
s-CIMG0034_20130321140514.jpgs-CIMG0037.jpgs-CIMG0035.jpg
無論、私にそんなゼニがあるわけがない。ツアコン兼荷物担ぎの苦力兼、用心棒として行ったのであった。
s-CIMG0170.jpg s-CIMG0170k.jpg
用心棒とその棒。マウイ島・カフルイ空港にて。
無論、真珠湾にも行った。
s-CIMG0052.jpg
風の強い、よく晴れた日だった。
退役水兵とおぼしきおじいさんに案内され、ずいぶん待って、真珠湾の由来を説明する映画を見せられた。そうしないと、アリゾナ記念館には行けないからだ。
映画の内容は、当然、日本人が攻めてきた、と言う話である。大勢のアメリカ人に取り囲まれて、日本人は私の一行だけだ。こいつらぁ日本人だぜ、やったれやったれ、となっても不思議ではない。
s-800px-Aboard_a_Japanese_carrier_before_the_attack_on_Pearl_Harbor.jpg
画像出典:wiki
しかし驚いた。映画の論調はなんら激情を催させるものでもなく、近隣の土人諸国の如く、事実をねじ曲げてうそ八百を人民に吹き込むものでもない。ただ、あったことを淡々と、なぜこんなことになったのか、時間軸に沿って紹介していた。
無論、アメリカにとって都合の悪いことは伏せてある。しかしそれは当たり前だ。
これは負けたね、と思った。
靴をピカピカに磨いた水兵の操るランチに載せられて、アリゾナ記念館へ。
戦死した将兵の名が刻んである。帽子を取り、素直に謙虚に、その冥福を祈る気持ちになれた。
その隣で、帽子をかぶったままうろうろしていたチュコクチンが、衛兵に帽子を取り上げられていた。
s-CIMG0050.jpg
アリゾナの後は、マイティ・モーこと、戦艦ミズーリをも訪れた。
昭和20年、ポンニチが降伏文書に署名させられた、あの艦である。
s-CIMG0079.jpg
艦橋の傍らには、その文書のレプリカと、その時にも掲げられていた、ペリーが浦賀侵攻時に用いた国旗が飾られていた。
s-CIMG0080.jpg
海洋博物館にも行った。
s-CIMG0124.jpg
とぉってもフレンドリーな研究員のおいちゃん。2、3質問したら、太平洋横断カヌーの地図をくれたり。
「外にボクのトモダチが居ますから、エサをあげて下さい」とカップで渡された。
トモダチとはお魚のことであった。
s-CIMG0127.jpg
トモダチ作戦開始。
s-CIMG0126.jpg
隣は通りすがりのポンニチ人のおばちゃん。
滞在の一日、お役ご免のお許しが出たので、勝手にマウイ島へ行った、望遠鏡担いで。
s-CIMG0048.jpg
マウイ島にはハレアカラ山がある。標高3055m。その山頂手前まで車で行ける。
夕暮れ時、その地に至るべく、車でどんどん高度を上げる。
乾燥した空気が澄み渡ると共に、陽光が強くなるが、それは他のどこででも見たことがない。
s-CIMG0008_20130320230518.jpg
太陽が火のカタマリであることを、否応なく教えてくれた。
山頂は、地球とは思えない別世界であった。
s-CIMG0016.jpg
こういう光景を前にしては、言葉は全く無力である。
s-CIMG0017.jpg s-CIMG0034.jpg
s-CIMG0018.jpg s-CIMG0038.jpg
この後当然星空を観望したのだが、それは言葉によっても、写真によっても表現できない。
印象としては、全天面積の半分が星の光で埋まり、その熱を感じた、とでも言おうか。
マウイ島への行き帰りの便は、アロハ航空だった。
s-CIMG0128.jpg s-CIMG0135.jpg
ハワイ生まれハワイ育ちハワイ資本の、最後のエアラインだったらしい。
今は、もう無い。その最終日の、最終フライトが、私の乗った帰りの便だった。
機内も機外も空港内も、別れを惜しんでお祭り騒ぎだった。
s-CIMG0051.jpg s-CIMG0055.jpg
s-CIMG0079_20130320231909.jpg s-CIMG0077.jpg
s-CIMG0095_20130320231856.jpg s-CIMG0088.jpg
当時も思ったが今も思うことがある。
ハワイは、本国アメリカから見れば場末にしか過ぎないだろうが、その場に立てば、いかにあの国が豊かかがわかる。
まちの有りよう、人々の振るまい、車の数や店々に並んだ品物など、一見、日本と全く変わらない。しかし明らかに違う。これは言葉ではうまく説明できない。
こんな国と戦争やれ、と言った連中は、きちがいに違いないと当時思ったし、今も思っている。
s-Shigemitsu-signs-surrender.jpg
画像出典:wiki
こんな国とガチで睨み合ったロシアが、いかに大変だったかとも思う。
そして今、同様に睨み合おうとしている田舎者がいる。
付ける薬はないであろう。

スポンサーリンク
スポンサーリンク



スポンサーリンク



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク