(4):土佐は鬼国?


1007、モノレールを後にする。
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ここからは、439を西へと進んで京柱峠を越え、周辺の林道を巡るのである。
地図京柱峠
※クリックで拡大。中央が京柱峠、灰色線が林道。地図はTrekkingMapEditorで作成。
しかし雲はいよいよ厚く、いつ降り始めるか分からない。雨の中の登山行は、さしものメイト君にとってもリスクが大きすぎる。どうなることやら、行けるだけ行ってみようとトコトコ進む。
439はこのような集落を、車1台ぎりぎりの幅で抜けていく。
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しかしそれだけに、あちこちで改良・復旧工事が行われているから、ダンプなど大型車が、頻繁とは言わないが良く行き交う。その通り抜けは、幅の広いところを選んでするしかない。
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439のみならず、四国のプロドライバーは、おおむね良く道を譲ってくれる。しかしそこはメイト君だけあって、譲って貰っても先に行けるわけではない。それゆえ車に追いついても、距離を取って続行することにする。
1045、京柱峠への登りに入った。
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道は狭いだけでなく、中央にコケの絨毯が張り付いている。うっかり踏み込めばぐりゅんとすべりそうでオソロシイ。舗装はところどころひび割れ、タッチアップのようなその都度の修理でボコボコ、おまけに枯れ葉落ち葉のたぐいが落ちている。
みーもー、を繰り返しながら、メイト君は登っていく。2速でかなりエンジンをぶん回し、気温も30度を超えている。それを長々と続けてもこのエンジン、空冷であるにもかかわらずいっかな壊れる気配がない。行きつけのバイク屋の店長曰く、このエンジンには壊れるところが無いそうだ。
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1103、京柱峠に着いた。
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徳島は阿波、高知は土佐。私にとっては、旧国名の方が気分に合う。
ここは阿波と土佐との国境、エンジンを止めれば静かに風が渡っていく。阿波側も土佐側も絶景だが、これは写真ではどうにも伝えようがない。
修行証書初めてこの峠に立った時、私はまだ未成年だった。
眼下には、当時YHだった定福寺があるはずである。
泊まり合わせた人たちと、借りた自転車でここまで登ったこと、そういえば同行のおニイさんがライダーで、確固としたライダー仁義を持ち合わせていたこと(私は当時、ライダーではなくバイクに興味もなかったが、おニイさんが出来た人だったことは良く覚えている)、手ですり切れて字が見えなくなったお遍路杖を、書き直してくれたおしょうさんのこと、いろいろと追憶にふけった。
(その際の『修行証書』。日付は89.8.5とYHのスタンプにある。)
下から見上げれば天空にあった集落が、ここからは遙か下に見える。
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画面左端が、これから目指す梶ヶ森なのだが、その姿は時折見えるだけで、おおむね雲に包まれている。
ここでしばらく考えた。
これでは今夜の星空は期待できまい。この峠から分岐する林道も、通行止めの看板が掛かっている。雨の中メイト君で登れば、それはもう修行になってしまうだろう。
ならばここはあきらめて、予定を一日早めて四国カルストでテン張りしよう。情報に寄れば四国カルストも、尾根に開けた絶景で、星空がすばらしいと言うではないか。
我が航海士たるナビ君に問えば、2時台に着けますぜと返事。
というわけで1121、京柱峠を後にする。行き先は無論、四国カルストだ。
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ところで439、土佐に入った途端に舗装が良くなった。国道ではあるが管理は各県だから、これはいわゆるそういうことなのだろう。
それを証するように、工事が行われていた。
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こういった工事、この後何度も出くわすことになるが、1時間のうち50分台だけ一般車を通すというやつで、タイミングが悪けりゃぼんやりと過ごすしか法はない。あきらめてメットを脱ぎ、モクをやりつつ工事のおじちゃんたちと雑談にふける。
おじちゃんたちは皆一様に、東京ナンバーのメイト君に目がまん丸だ。え~これは、徳島まではフェリーでして、などと説明する。そうこうするうち運が良く、お昼だと言うことで道を開けてくれた。
1203、四国を縦断するメインルートの1つ、R32に合流する。高松と高知を結ぶ道だ。
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超えるのは同じく縦断のメインルート、土讃線だ。
ここは物流の道、大型トラックが行き交う。
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しかし後ろにバイクがいると見ると、ドライバーたちは道を譲ってくれる。
1217、大豊でR32と439が再び分離する頃、雨が激しくなってきた。R0011084.jpg
反対車線からやってくるライダーが、袋のようにカッパを膨らませてやってくるのを見て、私も雨具を付ける。
土佐町に入り早明浦ダムの脇を通過する。道は快走2車線だが、雨は激しくなるばかり。
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これでは四国カルストも、とても期待できそうにないなと思いつつ、ふと考えれば前回の給油より、120km近く走っている。そろそろ給油を、と思いつつ、ああ反対車線だからいいやと何度か見送るうち、道はますます寂しくなってきた。
仮にタンクが空になったとしても、まだ5Lの予備タンクを積んでいるから、どうにもならなくなると言うことはない。しかし雨の中、タンクに水が入るのを気にしつつ、給油するのは愉快ではない。スタンドが今度見つかればそこにしようと決意しつつ道を行くと、反対側ではあったが小さなスタンドがぽつんと建っていた。
1254、滑り込むように給油をお願いする。一人で番をしていたおかみさんに、ここはどこですかと問えば、土佐町地蔵寺、と答える。
地図土佐町
続けておかみさん、どっから来たの? どこへ行くの?と問う。実は四国カルストに、この分じゃ無理でしょうがね、瀬戸内に出た方がいいかしら、と答える。
オドメータは7154.3km、3.34L、¥467。支払い終わって出ようとすると、一旦番小屋に戻ったおかみさんが出てきて、これから晴れるかも知れませんよという。ホウそうですか、では予定通りにしましょうかというと、でも夜になるとどうかしらと言う。怪訝な顔をした私に、見てみますかと言って、おかみさん番小屋に私を招じ入れる。
見ればPCの画面に、ヤフー天気の雨雲情報が映っている。わざわざ調べてくれたのだ。どうぞ、とタオルを差し出すおかみさん。気付けば私は水浸しだった。しばらくあれこれとブラウザをいじらせてもらい、やっぱりこりゃ無理だと結論した。
お礼を申し上げてスタンドを後にする。ざんざん降りの中、傘出しておかみさんが見送ってくれた。
かつて、土佐は鬼国なり、などといって恐れられたという。
しかし私にとっては土佐の国、若年の頃より実に良くして貰った国である。定福寺の思い出ばかりではない。薪割りに失敗して指を落としかけ、地元の人に医者までかついで貰ったことさえある。おまんどっからきちゅうと、お医者も励ましながら縫ってくれた。
鬼の国なんぞで、あるものか。
おかみさん、どうもありがとうございました。

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