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シンガポール国立博物館を出たのは、ちょうどお昼頃。そんでその後、先の大戦の際に英軍が籠もっていたという地下壕を見に出かけようと、博物館の裏山、フォートカニングパークを登る。

ここもまた閑散としており、途中なんだか教会のバザーのようなところに大人と子供が群れていた他は、人っ子一人いやしない。まことに気持ちがいいものだ。
そんでもって目的地、バトルボックスなる地下壕に至ると、番小屋は閉まっている。外をうろついていた職員らしき、インド系のおっさんに入り口はどこだと聞くと、あっちだといって薄暗い別の小屋を指す。中に入るとおばさんが居る。入りたいのだがと言えば、これからメシを食うから1時間後に来いと言う。
仕方なく山を下りて、次なる目的地である消防博物館(シビルディフェンスヘリテージギャラリー)に向かう。

この英国風の建物が消防署で、その一角が博物館になっているらしい。
近づくと頓狂なおじさんが、ベランダから筒先を外に向けている。

全く動かないから、むろんこれは銅像である。ただし銅かどうかは分からない。しかし川沿いの清国人といいこの消防署といい、シンガポーリアンは銅像が好きのようだ。まるでポンニチのいなか議員見たようだが、高いところに張り付きたがるに限っては、太秦映画村↓のようでもある。あれも人形と分かるまでしばらくかかった。

博物館の入り口を入ると、ヒマそうな消防のおじさんたち、おそらくはOBなのだろうが、楽しげにがやがや騒いでいる。そこへ入っていくと、よく来たよく来たというようなことを言って、中へ入れてくれる。私の経験上、火消しというのはどこでもフレンドリーだ。役人でありながら、人に喜ばれるというのは、今や火消しと清掃局のおじさんぐらいだ。
中には消防の装備のたぐいが、あれやこれやと飾ってあり、その他これまでの出動の記録や、国内外の大災害に派遣されて戦った、いさおしの展示などがある。

それはともかく、震災で節電中でもあるまいに、薄暗いのはどういう分けだろう?
ここはそんなに大きな博物館ではないから、10分ほどで見終わり、楽しげなおっちゃんたちに見送られて外に出た。

次に目指すのは、昨日前を通り過ぎた、アジア文明博物館だ。すなわちにせベネチアの対岸を目指し、川沿いを行く事になるのだが、途中通り過ぎた橋が、なんとなくポンヌフを思い出させた。いやま、ポンヌフとまでは行かないがネ。

河の濁りから分かるように、今日のお天道様はややご機嫌斜めである。すなわち細かなほこりのような雨が、風の中をただよっている。現地の知人に言わせると、ここシンガポールでは1日1回、それこそこの世の終わりのようなスコールが降るという。しかしどういう分けか、私は滞在中一度も、この南国名物に出くわさなかった。
勝手知ったる川沿いの歩道に出、対岸を見渡すと、今日も金貸しどもの摩天楼がそびえ、にせベネチアの前をにせゴンドラが行く。

気まぐれなお天道様が照った頃、ラッフルズのシリの像あたりに来ると、サイドカー屋台が店を出している。メインのマシンは、少々年季の入ったホンダだった。

年季が入ったとはいえ、往年の名車、CB750のたぶんK0と見た。私は若い頃、このサイドカーを1月ほど乗り回した事があるが、実にすばらしいマシンだった事を覚えている。
右手に見えるのはゴミ箱で、ポイ捨てすると厳罰だと言う代わりに、こうしてあちこちに設置してある。そのてっぺんは必ず灰皿である。
守れもしない罰則だけ作っておいて何らその手当もせず、時には何ら根拠のない通達というやつで人の自由を縛り、当然出る苦情を躱すため普段は非公式に見逃し、点数か小遣い稼ぎがしたいときだけ、急に法を持ち出してとっ捕まえる日本というのは、かえすがえす、愚劣な複合利権国家だと思う。一旦滅んだ方がよいのではないか。
それにしてもほとんど人通りはないから、これで商売になるのかしら。それとも昼の営業は付け足しで、夜にはお客さんが多いのかしら。

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