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ガイドさんに連れられて、閑散としたシンガポール国立博物館に入っていく。まるで貸し切りである。この博物館は、じっくり見ると1日かかるそうだが、そこを1時間で見ようというので、シンガポールの歴史をたどるコースに入った。

(Photo by National Museum of Singapore )
入ったはいいが、真っ暗な洞窟のようなところに、よく分からぬイメージ映像が流れ、エンドレスで、「スィンガポー! スィンガポー!」と連呼している。昭和の博覧会を想起させるが、ここは外国人のための施設ではなく、第一にシンガポール国民を教育する場だから、なるほどと納得する。選挙やコーコクと同じ、連呼は古典的な洗脳手段なんだな。
さて、シンガポールは新しい国だから、歴史を日本やインドやフランスのようなものと考えるなら、それは無い。従って展示すべき遺物候補も元々少ないし、変化の多かった国だから残ってもいない。
まだ東南アジアにほとんど人が住んでなくて、浜の漁師や奥地の狩猟民が、ちょろちょろと住んでいた頃の遺物は、期待しようがない。ま、あるにはあるんだろうけど、ポルトガル人やオランダ人が、スパイス欲しさに暴れ込むまで、まとまった文字の記録が残ってないから、掘っても拾っても、それがその遺物だと分からないのだ。
しかし、歴史があっても今はダメダメな国というのは多い。シンガポールはその裏で、現にこんな立派な博物館まである。このアンバランスが面白い。
その博物館員やその他の先生方が精出して集めただろう古い物として、かろうじて、シンガポールを支配する王朝らしきものが現れた当時の、建物の破片が最古の遺物。昔この島は、テマセクという小さな漁村だったらしい。

なにやら文字らしき物の痕跡があるが、かすれてよく分からなかった。
では次にはどんな遺物が、と期待して進むも、そこは何もない、照明落とした真っ暗な通路でしかなかった。ガイドさんの言うには、記録が全くないから分からないんです、という。いま調べ直すと、4-7-14世紀と、記録のある時代は飛び飛びになっているようで、日本で言えば古墳時代に1つ、飛鳥時代に1つ、その後がずいぶん飛んで、鎌倉時代に1つ、ぽつんぽつんと短い記述があるようなものだ。
その後この島がシンガポールと呼ばれるようになって、やっと記録がまとまりだすのです、とガイドさん。今調べたら、マラッカ王国が出来た15世紀頃の事らしいが、それでも展示すべき遺物はほとんど無い。すなわちここまで、歴史の展示と言っても、学芸会のようなパネル展示を巡っているようなもので、こりゃガイドさんがいないと、全然分からんし面白くもないだろうなと想像する。
暗い通路を抜けて次なる展示室に入ると、東南アジア風の大きな車やら、植物動物の展示やらがあった。

やはり時代が下っても、現代でも見られる物しか、展示物がないようだ。
さらに進む。ラッフルズがやってきてイギリス領になると、やっと当時の様子がよく分かるようになる。大量の中国人が苦力としてやって来たらしいが、そうなったらあっという間にアヘン窟がはやったらしい。そのアヘン窟の再現セットがあったので、面白いから入って見る。

薄ぼんやりと赤黄色い照明が点く中、この寝椅子でアヘンをやったということだ。まねして寝転んでみようとも思うが、外国でみっともないマネをするわけにもいかず、やめておく。
そこを出ると、歴代の総督の中でも有名な人の肖像画が掛かっている。ガイドさん、この中で一番、絵として高価なのはどれでしょうか、と笑いながらクイズを出す。誰でしょうかとか、どんな事をした人なのでしょうか、と問わないあたり、シンガポールの歴史がいかに軽いかがよく分かる。
そこを出ると戦争の話。無論、悪役は我らが日本である。
壁一面に、ボロっちい自転車がたくさん貼り付けてあるが、これぞ勇名はせた我が銀輪部隊だ! むろんシンガポールの人は、これで奴らが暴れ込んで来やがったんだと、逆のとり方をするのだろうが。
そのほか、これが島民を虐殺したときの遺品、これが日本軍の撒いた軍票と、これでもかこれでもかと、日本の悪口が展示したぁる。
実のところこの博物館で、このコーナーが、一番充実している。
私としては、その当時何があったかはよく知らないし、暴行のたぐいが全くなかったとも思わない。そりゃ戦争だからね。
へっへっへっへ、はめられた枠の中で、言いたい事を言いたいだけ言ってますナーと、上から目線で思っただけだ。ま、足を踏んだ方はすぐ忘れるが、踏まれた方はいつまでも覚えている、と言うから、ここはおとなしく黙って見てるしかない。
こうまで執拗に、日本人ってのはこんなに悪逆非道な連中だと悪口を見せ付けるからには、これは言いたいから言うと言うより、言わされていると考えた方がよい。弱い犬ほどよく吠える、ってのと同じでんで。もちろん、悪口言った方が得になるとか、言わないと損するとかいうのを含んでの事だが。
今もイギリスと強い関係にあるシンガポールであってみれば、こう言わせている英米の連中にとって、日本というのがいかに恐ろしい存在であったかが、ここからよく分かる。なんてったって、近代以降連中に対しまともに武力反抗した非白人は、今に至るまで日本人と、あとはベトナム人ぐらいだからねぇ*。たぶん今も、その警戒は解いていない、そりゃこのわかりやすい悪口が、その証しではないかと考えた。
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*人によって解釈が分かれることを私は認める。しかし、中途半端な知識しか持たず、かつ、サディストに分類される気違いと、議論する気はまるで無い。
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ここでガイドさん、我々日本人としてはイヤな展示ですが、と言ったから、やはり日本の方だと分かった。うん、イヤというのはその通り。シンガポールにとって日本は戦った相手ではなく、かつての支配者だからだ。いかなる理由があろうとも、支配するのは侮辱だし、侮辱には怒って当然だろう。じゃイギリスの悪口も言えよ、というのはここでは措く。
ここで余計な付け足しを加えれば、シンガポールのこの展示は、チュコクやチョセンのそのたぐいの展示と比較すれば、はるかに理性的だということだ。有りもしないウソや大げさ、頭の悪い人が泣きそうなジオラマやら蝋人形やらを並べたがる連中と、実際の遺物を並べて、好き放題ではあるがキャプションを付けるだけの展示と、どちらが理性的であるかは言うまでもない。やはり、商売で日本の悪口を言ってます、という悪党とは、まだまだ交渉の余地がある。
戦争が終わると独立とその後の話。泣いて伝える李首相の映像やら、現代シンガポールの生活の有様やら。安っぽいプラスチックの生活用品が並び、展示はここでおしまい。このほか、歴史以外の展示がたくさんあって、一日たっぷり過ごせます、というが、少々くたびれた事もあり、良いお天気の中外に出る。

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