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さて、ここシンガポールは中華街の、神様大盛りのヒンドゥー寺院を出て、どうやら私は行き過ぎたことに気付いた。どこをかと言えば、目当てのチャイナタウン・ヘリテージ・センターをである。知らないところで地図が読めないのは、実のところ今どこにいるか分からないからだが、分かったとなれば後は早い。
ウソ。
間違えてお金の博物館?に入ってしまった。ま、タダだからいいようなものの、博物館を名乗るがその実コイン商の展示場で、並んでいるのは売り物のコインばかり。それでも、下敷きみたいな現代中国の珍しい貨幣とかが見れたのは良かった。
気を取り直して今度こそ、ヘリテージセンターに入る。わかりにくいのも無理はない、上記リンク先の画像にあるように、商店街の中に他の店と紛れており、はい博物館でござい、いらはいいらはい、というしつらえが一切無いからだ。その代わりあったのは、例の自転車サイドカーのみ。おそらく現役だろう。

ヘリテージセンターは、博物館、展示館と言うより、町内会の寄り合い所みたいな店構えで、華人のおっちゃん兄ちゃんが店番をしている。本当にここがその場所かといぶかるくらいだ。1階にあるのは、土産物のたぐいであって、どこが展示場入り口なのかも、さっぱり分からない。
それでも奥の方に、ナワで仕切られた、薄暗い一角がある。なんとなくアヘン窟のようで、なにがしかのゼニをおっちゃんに払って近づくと、お兄ちゃんがナワを払って中に入れてくれる。あやしさ満点。
中に入ると、お定まりのパネル展示。ここヘリテージセンターは、シンガポールに移り住んだ華僑の歴史を見せる博物館で、あんな苦労しましたこんな目に遭いました、そう言った事柄が写真や文字、模型とかで示されている。展示のところどころにはAV機器があって、華人のじいさんばあさんが、体験談苦労譚を話していた。
なんだかつまんないな、と思いつつ2階に上がると、展示はがらりと変わって当時の生活の実物展示。と言うか、ここはもともと華僑のアパート、もしくはその忠実な再現で、故国を逃げ出しあるいは追われ、ひしめくように身を寄せて生活をしていたそのありさまが、そのまま残されているのだった。
そんな一つが、建物の奥にあった水場。

台所とトイレが共存している。トイレが2つに見えるが右は行水場で、トタン製の丸長いたらいが置いてあった。無論、ここは住人たちが共同で使ったのだろうが、人が4人も入ればいっぱいになってしまう狭さだし、ご覧の通りの汚さだ。しかも今の私の生活水準で考えるなら、トイレと風呂はまだしも(但しユニットバス限定)、台所まで一緒というのはちょっと勘弁してもらいたい。
その一方で、私はこういう景色にぎりぎり見覚えがある。幼少期の生活にである。ほんの少し前の日本だって、生活程度はこんなものだったのだ。そりゃお前のウチがビンボーだったんだと言われればその通りだが、その代わり収入が減ろうと経済破綻が来ようと、また元に戻るのだと思えば、なんでもないねぇと覚悟は出来る。
はっはっは。
振り返るとアパートの廊下。どことなく大昔にジョン・ローンが演じた、チャイナ・シャドーを思わせる。

廊下の両側には、それこそアヘン窟みたいな、狭苦しい部屋が並んでいる。まるで潜水艦だ。

そこにも苦労譚を語る、おじちゃんおばちゃんの映像が。チュコクもといシンガポールにも、こういったプロジェクトXの時代があったわけだ。
廊下の突き当たり、明るく日の当たる一番いい部屋は、お金を持ってる人の区域。ここでは、お医者の診察室になっていた。

画像には無いが記憶では、苦労して、ちゃんと医科大学を出ました、なんて貼り紙もあった。そんで画像に見える料金表には、診察2元、往診5元、遠方は応相談。貧乏人はタダで診てあげる、とある。それを見て、笈を負うて学び、故郷に錦を飾るという、古風な言葉が思い出された。

この島に流れ着いたばかりの華人は、この博物館に展示されているように、そりゃもう例外なく、絶望的に貧乏だったはずだが、もしその中に頭のいい子がいれば、親族ご近所の衆が、汗の臭いのするわずかばかりのお金を持ち寄り、こうやってお医者にしてあげたのだろう。それゆえの「貧者可免」(ひんじゃまぬがるるべし)なのであるに違いない。
やはり勉強と、やらずぼったくりは悪のモト、という意識が、小さくとも社会を豊かにするゆえんである。
さらに階段を下りて別の展示を見る。

ここはお針子さんの仕事場と見える。
中国人は手先が器用で、それを生かして刃物を使えば、次の職業で世界中、どこででも食っていけると聞く。すなわち料理屋、床屋、仕立屋と、言わずと知れた殺○屋である。現に私の住まう近所には、そういった中国人の中華料理屋が何軒か有り、中には一級厨師の店さえある。無論、最後の稼業は勘弁してもらいたいが、横浜中華街に行けば、今でも仕立屋さんが何軒かある。
華人は、まずこのように少しずつ、お金を稼いで財を蓄えたと見える。その一部がさっきのようなお医者を育てたわけだが、お金と教育レベルの関係、今の大陸中国はどの段階にあるのかしら。宿の食堂で見た、ガラスに斬りつけるチュコクガキとその親どもといい、まだまだバランスが悪いように思うのだが。聞けば名だたる北京大学も上海交通大学も、教授内容は日本の高校並みだと言うし。
ただし、GDPのグラフのように、将来どうなるかは、分からない。

出典:http://hairman.moe-nifty.com/aoirogingadan/2009/11/post-4e53-1.html
ま、バカのまま豊かになったという話はあり得ないわけではないが、豊かになればそれなりに、教育にお金をかけるのが健全というものだ。今だに全ての子供を学校に入れられない中国が、ロケット飛ばしたり空母持ちたがったりあちこちで上等ぶっこくのは、隣国に住む者としてははらはらする景色である。
そんな事を思いつつ、ヘリテージセンターを出る。
さ、土産物でも買おうか。

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