(9)

スポンサーリンク


さてノースブリッジにて川岸から上がれば、そこには壮麗な建物がある。これすなわち、シンガポールの国会議事堂である。

議事堂の周りには、まるで銭湯の浴槽を大がかりにしたような構造物がしつらえてある。画像ではわかりにくいが、そこからは細かな霧が立ち上っている。定めし、これは冷房装置の一種ならんと私は思った。

霧に包まれた議事堂。このけしきは私にとって、まことに象徴的に思える。と言うのは、ここでシンガポールの国政について、思いを巡らせたからだ。
よく知られているように、シンガポールでは独立以来、一貫して事実上の一党独裁が続いている。
wikiの記述をそのまま受け入れるなら、OECDにも加盟し、経済的には自他共に認める先進国であるにも関わらずである。加えて、独立以来この国を率いてきた、そして何かと日本の悪口を言いふらす李光耀(リークワンユー)元首相が、その権力を息子に継がせるがごとき動きすらあるという。
無論この国にも、野党や政府批判勢力は存在している。しかし認められているのはその存在のみで、露骨な選挙干渉、過酷な言論弾圧、そうした勢力を支持した国民への、あからさまな差別があるという。こうなればもう、北朝鮮*でしょうかここは、と言いたくもなる。事実、「金のある北朝鮮」という揶揄まであると聞いた。
-----—
*北朝鮮:国名に「民主主義」が入っていることから、北朝鮮にも官製のカッコ付き「野党」はある。つまり野党の看板だけかかっているようなもので、それらには一切の政治力はなく、しかもそれを支持でもしようものなら、すぐさま収容所行きだ。
なおこうした「野党」は大陸中国にもある。アジア人は、ソ連を作ったロシア人ほどの開き直りが出来ないものと、ここから思える。
-----—
それゆえ議会も、この国では全くの翼賛議会で、政府の提議をお手盛りしゃんしゃんで認める機能しかない。加えて政府による任命議員までいると言うからには、これは国民の代議院ではなく、共産圏やナチの党大会のごときものと言っていい。ならば議事堂が霧に包まれているのは、ご当人たちにその意図はないだろうが、真(まこと)にこの国の国政を語ってあまりある。
以上はおおむね事実を私は語ったつもりだが、さて、それではどうだろう? これはシンガポール国民にとって、果たして「悪い」ことだろうか?
ここで考えねばならないことは2つある。それはまず、シンガポールに与えられた、地理的社会的環境である。
私はこれまでずっと、シンガポールは貧乏なマレーシアから、付き合いきれんと飛び出して独立したものだと思ってきた。しかし事実はそうではない。イギリスが撤退したとき、こんな小さな島一つ(細かな島はいくつかくっ付いてはいるが)でやっていけるものかと、マレーシアとの連邦制維持を、国民も李光耀首相も強く望んでいたらしい。
ところがマレーシアにとっては、華人が優勢で、かつ経済的権益を握っているこの島と一緒のままでは、マレー人の権利が脅かされるとの思いが強かったらしい。それゆえ、おとといおいでとシンガポールを、連邦から叩き出してしまう。そしてそれを国民に発表する李首相の演説が涙混じりであったことは、この島ではよく知られている。
仮にもインテリの端くれを自認する私が、こういった事情を誤って思い込んでいたのは、全くもって恥じ入るばかりである。
国は小さい、人口も少ない、資源もない。あるのはその地理的位置と、それゆえ集まった、商売に長けた国民の能力のみ。周りは敵意あるマレーシア、あるいは露骨に侵略的なインドネシアに囲まれている。おまけに島からまわりの海を見回せば、そこには海賊どもがうようよしている。何しろ場所は、地政学上超重要なマラッカ海峡だ。海賊の討伐失敗一つだけで、外国の侵略・併合の十分な口実となろう。
こうなれば、何より優先されるべきは少数意見をいちいち採り上げ、意志決定に時間がかかる民主的手続きではなく、有能な独裁政府の存在ではなかろうか?
イスラエルのゴルダ=メイア首相は、「絶望とは、我らイスラエル国民にとって、許されない贅沢品である」と言ったと記憶している。同様にシンガポールにとっては、民主政府は贅沢品だったのであろう。同じ事が当てはまる国は、この地球上にいくつもあるし、むしろその方が多いと言っていい。まず生き残り、そして豊かになること、社会をそう導くことが、政府の第一の存在意義と言っていい。
シンガポールの生き残りは危ぶまれていた。人であれ組織であれ、厳しい環境に置かれれば置かれるほど、それはこの宇宙の究極の構造である、時空間と直接対決せざるを得なくなる。すなわちわずかのタイミングを外せば、それはもう取り返しようがなく、直ちに滅びる、ということだ。
何が難しいと言って、時を見切ることほど、困難なことはない。それゆえ無駄な時間を費やす余裕はなく、少々の有能さではまるで役に立たない。
ここで李元首相が、ケンブリッジの法科大学を、首席で卒業していることも、あわせ考えるべきだろう。日本のちんこ官僚どもが、東大法学部と国家一種を受かったがゆえに、自分らは頭がいいと勘違いするのは、ここから見れば笑止の沙汰と言える。
事実李首相は、危ぶまれた独立を今のところ守り切ったばかりか、見事に今日の繁栄と平和をもたらした。無論、それは運がよかったこともあるだろうが、すくなくとも大バクチに勝ったのであり、バクチの勝ちはいかなる事情があろうとも、それは勝ちなのである。負けた者の言い訳が、負け犬の遠吠えでしかないように。
もう1つ、シンガポールを考えるに当たって顧慮せねばならないことがある。それはこの国の人口構成のうち、実に3/4を華人(中国系)が占めていることである。
中国人とは砂のようなものだ、握っても握っても、直ちにばらばらになってしまうと言ったのは、さてどの先生だったっけ。
私のような世代、いや、者から見て、中国人というのはとんでもない連中だと言うことを、若い頃に気づいた私はそう言ってきた。それへのリアクションは気違い扱いだったが、最近では日本人も直接中国人とあい対する機会が増えたと見え、今では私よりもっと過激なことを言い出す連中の方が、多いように思う。
中国人の一般的な傾向とは、とにかく約束や決まりを守らないと言うことにある。さる相場関係者が言うには、中国人はバクチ打ちとして最強だ、儲かったときはさっさと勝ち金を持って行く、損したときは「知らないアル」とばっくれる、らしい。
ついでに安能努先生の言葉をお借りするなら、「俺は生きる、おまえは死ね」というのが、古代以来確固とした、中国人の一般的信念であるように思われる。
それゆえ、商売にも変動にも強いと言えば強いのだが、こうした連中に大多数が占められたシンガポール国民を、どうやってまとめたらいいと言うのか? まとめなければ直ちに滅ぼされるというのに。
その唯一の解答はやはり独裁であり、中国人の集まりに、独裁以外の国家も組織もあった例(ため)しがないというのは、これを帰納的に証明する。
それゆえシンガポールでは、法律や規則を破れば直ちに厳罰、落書き一つでむち打ち刑*、麻薬ちょっとで死刑なのである。ここで李首相とその政府に味方したのは他でもない、不利に思われたこの国の小ささであった。
-----—
*むち打ち刑:ちなみに、ほももこの国では犯罪で、むち打ち刑に処されるという。れずは犯罪にならないらしい。サベツだと騒ぎに行ったらどうですかねぇ。
-----—
なにしろ都市国家だし、島国でもある。若干の湿地帯や密林はあるものの、島はほとんど平らときたもんだ。これなら見張るのも、とっ捕まえるのもお仕置きするのもやりやすい。人民に山賊働きをされては山奥に逃げられてしまい、取り締まりも躾けようもない大陸中国を、李首相は気の毒に思っているかもしれない。
となれば独裁ゆえに、シンガポールの政府に必要なのは、役人の有能さ=数の少なさと、加えて腐敗がないことだろう。ない、ということは望めないまでも、それは相当に成功していると私は見た。
日本の役人はたいがいとんでもないが、それでも切手一枚買うのに賄賂を要求されるという、世界標準にまでは至っていない。というか、日本の場合は公的に、あらかじめ賄賂込みの社会に出来上がっている。
それはさておき、シンガポールの役人もこの点、何かと賄賂をほしがるようなところは見かけなかった。しかも、人数が少ない。
論より証拠、議事堂を正面からご覧いただこう。

仮にも国権の重要機関に、警備がたったの2人しか見えない。無論あれこれの無人装置はあるに決まっているが、日本のようにやたらとこの手の奴らがうろうろしていることはない。私はこの正面でかなりの時間たたずんでいたのだが、飛んできてイチャモンをつけられることもなかった。日本ならそいつらに加え、詰め所でまんじゅうを食っているヒマな連中が、わらわらと飛び出してくるところだ。
あるいは翼賛議会でしかないシンガポールの議会は、警備するほどの価値もない、ということなのだろうか?
加えて市中にも繁華街にも、例の奴らの姿はほとんど見かけない。あるいは私服がうろついているのかもしれないが、何かと威嚇威圧したがり、何の公益もないサディズムをやりたがる、どこぞの国の小役人とはえらい違いだ。どこの国であれ、そうした隠微で陰険な世界の実態は、一介のまろうどにわかろうはずもないが、少なくとも政府が有能であり続ける程度には、シンガポールの役人はまともであるという印象を持った。
以上、つらつらどうでもいいことを書き並べたが、華人による実験国家として、シンガポールは実におもしろい。ちゃんと躾けられさえすれば、中国人はこんなに平和で豊かな社会を作りうるのである。それはあるいは、老子さまがおっしゃった、小国寡民の姿ではないか?
条件がよく似ていたはずの香港が、英領時代から腐れ役人ばかりで街も汚く、あちこちに青龍会とか白虎会とかマフィアがはびこり、つい先だってまで、官憲にもまるで手が出せない
九龍城*まであったことと比較すると、その違いはいっそう、おもしろく感じられるのである。
ただしそれは、外国人として面白いだけであって、独裁といい言論の自由なしといい、仮に私がシンガポーリアンならたまらん話である。ゆえに旅するにはシンガポールよいとこ、一度はおいでだが、そこに住もうという気は起きそうにない。
-----—
*九龍城:そこに住んでいたという、びっくり日本人の記録も、合わせてご覧になると面白い。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする