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シンガポールの空飛ぶフランスパンは、本名をマリーナ・ベイ・サンズ(Marina Bay Sands)と言い、wikiによれば、アメリカで手広く賭場を営んでいる会社が作った、カジノのほかホテルとかがそろった、総合レジャーランドらしい。


それらを利用するにはそれぞれにゼニがかかるのだろうが、私はそのてっぺんに登るだけでよい。ゆえに重厚な受付カウンターでチケットを買ったが、お値段は20シンガポールドル、だいたい1400円だった。

たかが高いところに登るだけで、チト高い気もするが仕方がない。私にとって仕方が無く無いのは、チケットの裏面に書いてある約款である。

私は相当に目がいい方だが、それでもこんな細かい字は読めない。日本で言えば、保険屋が差し出す約款がそれに近いが、それ以上に細かい字であって、高性能義体じゃないと読めないんじゃないのこれ、と今これ書いてて思った。

屋上へはもちろんエレベータで上がるが、そこへの薄暗い通路には、中子供がワイワイとたかっていて通りにくい。連中が着ている揃いのジャンパーの背に書かれたドメインから、隣国マレーシアからの修学旅行?と見える。中子供はあっちゃこっちゃで記念写真なぞを撮っていて、そこを通り抜けようとするたび、ぴたりと体を止めてマネキン状態になってやらねばならない。撮っている奴撮られている奴は気にもとめぬが、周りの中子供が私のそうした体裁きを見て、ずいぶんと面白がっていた。
そういった群れをすり抜けてエレベータの前に出る。すると写真屋がやってきて一枚撮るという。日本の観光地でもよくあるよねぇ、入り口で撮っておいて出る頃に写真売りつけてくる奴。私は1400円も払って、これ以上1クルゼーロだって出す気はない。いらないよ、と言えば、みんな撮るのだという。いや要らないんだ、と英中取り合わせて言い、でかいカメラぶら下げた写真屋残して、すたすたとエレベータに乗り込む。
乗り込めばエレベータはずいぶん空いている。乗り合わせたのはドイツ人の中年夫婦と、あと何人か居たかしら。ドイツ語はイッヒリーベディッヒとハイルヒトラーぐらいしか知らんから、何を話しているのかはさっぱり分からない。なにせあっちもこっちも中年だからね、シェーンなメッチェンだったらリーベしたいところだが。
あっという間に屋上に着く。着いたとたんに感じたのは、なにやら分けのわからない不安感だ。どうやら日本ほど免震構造の研究が進んでいないと見えて、ごくかすかに、ゆらゆらと揺れている。ここは確か58階、wikiによればおよそ200mの高さである。うへー気持ち悪ィー、でも我から好きこのんで金払っちゃったんだから仕方がない。
屋上でうろうろしている連中は、そんな事全く感じないのか、平気でいる。連中の中で目立つのは、ご存じ大陸チュコクチンと、なぜだかロシア人だった。そのうちの一人の大男が、やっとハイハイが終わったばかりであろう女の子を抱いて現れ、その子を床に這わせて「マリヤー、マリヤー」と名前を呼ばわりつつ、くねくねと体を踊らせ、ばしばし写真を撮っている。もう娘にデレデレといった様子であった。
確かにロシア人の子供は、天使のようにかわいらしい。その天使のような娘にデレデレの大男もまた、可愛らしい。それ見て私、思わず我から、一緒になってるところでシャッター押してやろうかと言ってやる。大男、二もなく頷いてカメラを渡し、娘抱いて一枚私に撮られる。エータ・ハラショー? アゴーン!
一段下りて展望デッキに出る。その前に、首を後ろに振り向けば、こんな高いところにプールがあり、泳いだり焼いたりしている連中も居る。いったいどんな奴かしらとビノを取り出すか、いや、覗きで捕まっては馬鹿馬鹿しいからやめておくと、書いている今冗談を考えた。wikiに寄ればその模様は以下の通り。

要はフランスパンの大部分はこのプールであり、ワシのごときカネのないお上りさん向けの展望デッキは、だいたい1/4ぐらいを占めるか。まぁそれもよかろうと、まずは島側の景色を展望する。

なるほど高いだけあって、街を一望する眺めである。遠慮無くビノを取り出して眺めたが、それほど珍しいものがあるわけではない。
デッキには軽食堂みたいなのも営業中で、こんな揺れるところでよくもまぁ飲み食いする気になるものだ。それ以上に、お宝のためとはいえ、こんなところでよくもまぁ働く気になるもんだ。その食堂を重心にして、フランスパンの先をなぞるような軌道で回り込み、反対側へと出る。
出ればそこは海である。さよう、かの有名なマラッカ海峡だ。

遙かかすんで見えないような遠くの水平線から、延々と、それはもう延々と、船の列が続く。日本の地に生活する者として、エネルギーも食料も売り物も、その多くがここをこうやって通ってくる・いくのだと思うと、たいそう感慨深くもある。
ただこの、ふらふらする不快感は耐え難い。感慨に浸っていたいがそうも行かぬ。例によって一人でスナップなどを撮ったあと、エレベーターホールに戻る。
しかし私はケチでもあるから、気を押し殺してもう一度島側の出口に出てみた。それは1つには、上がってすぐに見た光景を思い起こして、やってみたいことがあったからでもある。
見た光景というのはこれである。

然り、金貸し共の傲慢なる摩天楼だ。
(その左手が、コンテナ貨物取扱量では上海に次ぐ世界第2位のコンテナヤード。)
これを見て思い出すのは、
プーシキンの詩の一節だ。
-----—
エウゲニーの胸内に
炎はかけめぐり、血は湧きかえる。
傲慢なる像の前にて、
エウゲニーは歯をくいしばり、
指をば堅く握りぬ。
暗き力に捕らえられしがごとく、
憎しみにふるえる声にてつぶやきぬ。
おのれ、奇跡の創造者、
今に眼にものみせてくれん。
(「青銅の騎士」Медный всадник ・木崎良平先生の訳による)
-----—
いえね、憎しみに震えたりはしませんよ私は。別に恋人を洪水で流されちゃったりしたわけじゃないですから。
ただね、最後の一節だけは気に入った。
見てろよ金貸し・電話屋ども! 別に見なくてもいいけど。
今に眼にものみせてくれん!

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