昭南島往還記(1)

出発当日、シンガポールに向かう飛行機は、深夜に羽田から出る。私は以前国際空港だった頃の羽田に実感はないから、海外に出かけるのに京成でなく京急に乗るのは何となく新鮮である。

昼下がり、荷造りはもう終えた。現地について調べることも、もうこれ以上調べる気にはならぬ。旅に出る前のこのヒマヒマ感は、いつもながら妙な気持ちだ。

テケトーに本など読みつつ時間をつぶしていると、そうだ、出発前にひとっ風呂浴びていこうと思い立つ。そんで羽田周辺の銭湯をあれこれ物色すると、手頃なところが見つかった。蒲田の天神湯、電話をかけて営業を確かめ、1930ごろ陋宅を出る。

本日4/2と言えば全くの平日だが、陋宅近くよりの電車は空いている。都心から出てくる反対側は、勤め帰りの人でいっぱいだ。ほどほどカネがあってもああして暇がない人、売るほど暇があってそれゆえじぇんじぇんカネのない私、世の中いろいろである。え~、○○の皆さん! お仕事ご苦労様です。

乗り換え乗り換えして京急に乗る。ちゅるりらりらりら~とサイリスタの音がして、蒲田で降りればもう真っ暗である。薄暗い街灯の点く夜道を、ころころバッグ引いてしばらく歩き、ググル地図片手にここかな? ここかな? を繰り返していると、闇の中にでーんと大きな銭湯が現れた。


おお、でかい! 6~8台は停められそうな駐車場を前庭にして、鉄筋建ての立派な銭湯がそびえている。いかにもな下町とはいえ、ここ23区内なんですぜ?

ここを選んだのは、空港や駅から近いと言うこともあるが、なにより施設が充実しているからであった。サウナ、泡風呂は無論のこと、人造温泉に露天風呂まである! これが銭湯だから料金もお安く、言うことはない。

番台にはおかみさん、併設の食堂のキッチンには高校生ぐらいの娘さん。さだめし土地をご家族でお持ちで、バブルの時やら何やらに妙な色気を出さず、地道にお風呂屋さんを続けてきなさったと見える。1階は駐車場駐輪場コインランドリー、2階がロビー、3階以上がご自宅のようである。エレベータに乗って2階に上がり、湯代を払って内部の階段を降りていくと、そこが男湯である。

早速サウナに飛び込む。別料金ゆえ、ちょっと変わった鍵みたいなのを差し込んでドアを開ける。私にとってのサウナについては、以前大島再訪記に書いたような気がするが、も一度繰り返そう。

真っ赤になるまでうでられて、心臓バクバク意識ぼんやりで、ドボーンと水風呂に飛び込み、顔だけ水面から出してじっとする。冷たい水がやがて、自分の体を包む部分だけ暖かく感じられてくる。見上げている天井がそのうち回り出す。脳内麻薬ドバドバ。キーンというような耳鳴りが聞こえ、世の中の全てがなんだか遠いようなものに思えてくる。

これが楽しみなのである。それゆえ、サウナ内におおかたはある12~16分計の針が一回りするのを、まるで親の敵のようにねめつけるのだが、あれおかしいな、ちっとも心臓バクバクしてこない。時計が一周してもまだ全然平気。変だナ変だナと首をかしげつつ、テケトーなところであきらめて水風呂に飛び込む。自分の周りだけ暖かく…までは同じだが、天井はちっとも回らない。これじゃぁラリれないじゃないか。

定めし、これは糖質制限によって、体質が変わったと見える。丈夫になったと言えばその通りで、よいことなのだが。

あきらめて水風呂から出、洗い場で一流しして見回せば、向こうからキ○タマを大きく腫れ上がらせたおじいさんが、よたよたと歩いてくる。何かの病なんだろうが、世の中にはこういう人もいるのである。銭湯の中では素っ裸で、何も隠すものはないから、世の中にはいろんな人がいて、それが当たり前だという事がよく分かる。

さらに頭(こうべ)を巡らせば、人造温泉の浴槽に、マッチョな毛ガニのおっさんと、見事にしなやかな体をした若者が、ふちに腰掛けて並んでいる。おっさんは時折、若者の体をなで回したり、髪をいじったりしている。若者はいやがりもせず素直に、されるがままになっている。

これまでの私の人生、ほもっぽい人は何人か見たが、ホンモノのほもを見るのは初めてだ。げに珍しき光景かなと、こっちはぶくぶく風呂に浸かりながら観察する。

キン○マおじいさんもほものカップルも、ここでは当たり前のように湯に浸かり、誰もそれを珍しがったり、ましてやいじめたりはしていない。湯にうだりながら私が考えたのは、内風呂の普及=銭湯の衰退が、世の中のイントレランスを進めたのではないかという仮説だ。コーダン住宅なんぞに住み着きやがった団塊以降、自己チュウが増えたのも、銭湯という格好の教育の機会がなかったのが一因だろう、と決めつける。

かのローマ帝国が、共和制時代よりあっちこっちに、土地を征服するたびしつこく風呂屋を建てて回ったのは、世界帝国を担う市民たるべく、教育の場を整えるためだな。きっとそうに違いない。

からりとドアを開けて、露天に出てみる。湯の温度は内湯よりやや低く、温泉の先生方が推奨するぬる湯になっている。ふとみれば先ほどのほものカップルが、プラ椅子に座りつつなにやらささやき中であった。他には私しか居ないから、なんだか恐縮しつつ湯に浸かる。

その他電気風呂などを堪能して、そろそろと湯から上がる。自分のロッカーに近づくと、1つ下のロッカーを空けて、若いのが背中を見せつつ着替え中であった。私の気配を察した若者が振り向きざま、さっと表情が変わって場所を空ける。私を知っている人には分かることだが、これはこれで、便利なんですよ、この見てくれ。

ロビーで少し休んで外に出れば、天空高くお月様。さて、空港に向かおう。

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