天狗様をたたえる

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日本に妖怪は各種いるといえども、天狗は一番偉い。天狗になっているのである。その盛名は、はるか豪州はシドニーの博物館にまで轟いている。

ゆえにかくも偉い天狗は、日本の要所を固めており、首都東京は高尾山の天狗様によって見守られている。ただし何かをしたという話は聞かないから、多分見守っているだけであろう。こう書いておけば天狗様は何をコノヤロ、と、何かをして下さる、はずである。そう言う理由は以下の通り。
千年の王都京都にも、天狗様が鎮座ましましている。これすなわち、鞍馬の天狗である。この天狗様はふる天狗だけあって、高尾と違い歴史上あれこれのことをしたという記録がある。出っ歯の武士のガキが、おやじがいくさに負けたゆえ、天狗様のお山に逃げてくると、杉の梢から見下ろしていた天狗様はむずむずし、兵法やら武道やらを教えたらしい。天狗は教え魔ゆえ、いえ結構ですと断っても説教するのである。このお節介で、今年の大河の主人公はさんざんな目に遭うことになった。
その後もこの天狗様は、バカバカしいお裁きでいじめられている町人をさらって助けたかと思いきや、気が変わって脅し上げたりしている。「テングヲイカラセルトイカナルコトニナルカ。ヨイカ。テングノバチハオソロシイゾ。」ただし天狗は偉いゆえ、そのわがままは仕方がないのである。

幕末になるとその名も鞍馬天狗として、勤王佐幕両方にちょっかいをかけたりしているが、これも気まぐれな天狗の習性を表している。
その鞍馬の天狗様にご挨拶申し上げるには、京都からちんちん電車に乗って北に向かわねばならない。

この電車、少し走るとすぐにひなびた風景に入る。ほんの数分前まで日本有数の大都市にいたと思えばこの変わりようである。すなわち京都はそれ自体が、まるで庭園のようだ。

このめまぐるしさはそればかりではない。さっきまで晴れていたのに、天狗様の鎮座する山に近づくと雪が、それもけっこうな大雪になってしまうのである。

ここ鞍馬山は、京都の中心京都御所から、ほんの12キロほどしか離れていない。さてこそ天狗様のおわす山じゃワイと駅を出れば、すぐそこに鼻を高くして待ち構えている。

この天狗様の聖域に入る。
入り口には天狗の使いたるおばばが番をしていて、なにがしかのお賽銭を出さねばならない。天狗様といえどもいろいろとたつきに物入りだろうから、有り難く差し上げることにする。
お山に入ると色々と妙なものがある。高い崖の上からチョロチョロと水がこぼれて来、その上にお堂がある。


どう見てもお堂に鎮座する誰それサマかの立ち小便にしか見えない。ただしその放尿路が天狗鼻状なのは、さすが天狗様のお山と感心する。
このお山では、山上の本堂に至らずとも、あちこちに天狗様が鎮座ましまして、迷える衆生に教えを垂れようと待ち構えている。

当然ながらそこは天狗ゆえ、実に偉そう、いや偉いのである。

一、初穂料400円を上の投入口から入れるべし
二、願いを込めて上から天狗を1つとるべし
三、天狗にささってる赤い筒の中のみくじを見るべし…
天狗様にこう命じられては仕方がない。お賽銭を差し上げて、有り難くお説教を伺うことにする。
この天狗のお山は、けっこう登りがきつい。ヒィヒィ言うて登りきれば本堂がある。

堂内に入ると、朗々たる読経の声が響く。ただし薄暗い中を見回しても、坊主神主のたぐいは見あたらない。テープ*でも流しているのかとふと下を見れば、端座して一心に読経している初老の男性に気付く。さてこそ有り難い天狗様なのであろう。ここでお参りした私も、不信心者のくせにすぐに御利益を頂いたゆえ、霊験あらたかと保証する。ただしその詳細はヒミツゆえここには書かない。
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*何ともオールドファッションな私である。
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このあと道は、貴船神社に続く山越えとなる。全くの登山道と言って良い。

その道程には、天狗様が義経にお説教をしたという僧正ヶ谷などがあるが、天狗様のお姿は見えない。寒いから朝寝をなさっているか、教え甲斐のある人間が来ないので引きこもっておられると見える。教え魔たる天狗様にも、弟子を選ぶ権利があるのはもっともだ。
貴船に至ればようよう日が出てくる。参って神社を出れば雪はみぞれになっている。門前には参拝客目当てに名物やらボタン鍋やらを食わせる店が並んでいる。ただしあまりやる気がないと見えて、開いている店が少ない上にやたらと高いし煙草も呑ませない。ボタン鍋など所詮硬い豚肉じゃあと我が身に言い聞かせて道を下る。 下れば天狗色のカブ君が私を追い抜いていく。

駅に至れば一見あばれた土産物屋がある。いかにもおきなおうながやっていそうな店である。入れば中には誰もいない。薄暗い蛍光灯がぢぢぢと鳴っているばかりである。見上げれば立派な天狗シャツが下がっている。
奥から気配がするゆえ、求めんと声をかければたおやかな女性が現れる。王朝物語に出てくる、鄙に隠れ住む姫とはこういう人なのであろう。ただし私は貴人ではなく廃人だから、ここで物語は始まらない。

改札を入って、こののち訪れるつもりのワル公家の旧宅への道を問う。駅員さん二人してパンフなどを出し、丁寧に教えてくれる。さすがは観光客になれた京都人である。ただしその話によれば、管理人のオッサンがやる気がなく、いつ開いているかわからないという。はぁそうですかと不安になっているうちに電車が来る。この後のハプニングも面白いのだが、これも天狗様の御利益であろう。ありがたいありがたい。

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