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1147時、伊豆大島三原山、火口探索コース(緑の点線)に入る。

道は右も左もこんな様子。

音もなく水蒸気が上がっているが、不思議なのはぜんぜん匂いがしないこと。普通、火山の噴火口に近づくと、硫黄の匂いがするものだが、ここ三原山では性質が違うようだ。
すでに内輪山の内側に入ったからには、今火口をうろうろしていると言って良く、専門家によるとこの瞬間も、私の足下にはマグマが溜まり続けている兆候があるそうだ。
ゆえにロープで区切られた登山道のすぐわきでも、ぽっかり空いた穴から湯気が上がっている。手をかざすと手袋を通じて、湿気と暖かみを感じた。ただ、あまりにかすかなため、はっきりとは画像に写らない。

この穴から、ということで。
道は行き止まりとなって、ここから火口を望む。ただしあまり眺望は開けない。これは無理のないことで、ある時点で火口を覗きやすい箇所が、いつまでもそうであるとは限らない。火山だからね、山の形はしばしば変わるわけだ。

振り返ると溶岩の平原。これ全部地中からわき出てきたんですぜ、だんな。

この行き止まりのコースは入る人が少なくて、私の他には、先ほどとは別の若いカップルが1組だけ。女の子はすぐ飽きちゃったらしく、そろってさっさと戻って行った。
私が内輪山一周の道に戻ると、看板の前で女の子は、男の子の回りをぐるぐる回りながら抱きついたりしてる。/^あなったのぉ膝にからみつくぅ、子犬のぉ~よぉ~おにぃ~、ってやつである。まことに良いけしきだ。オイちゃんにもそんな頃があったヨ。

カップルとその足。右が女性である。
正午、左折してお鉢巡りコースを反時計回りに回る。内輪山のおおむねエッジを歩くわけだから、そのギザギザに沿ってそこそこのアップダウンがある。ゆえに上り道、視線の先には荒々しい山際と空しかなく、はぁはぁ言いながらよじ登るしかない、手は付かないが。
ふたたび二〇三高地の兵隊さんのことを想起する。あの山を越えるのが任務である。そして稜線を越えて視界が開けると…

そこから旅順は見えるか!(C)東映
いいえ、児玉閣下、神です。神の風景でアリマス。

天使が降りる、道は私の、腕で…と言ってもあたしゃあ信じるね。
今ミカンか何か食いながらパソコンの前でこの画像見てもたいしたことないが、ホントにゾッとするような光景だったのである。寒さのせいではない。

日の光は刻々とその明るさを変えている。さっと明るくなった時、見下ろせば昨日テクテク歩いたカルデラの荒野が。

振り返ればここまで上ってきた道、その先遙かには伊豆の石廊崎。

このあたりは現在の三原山の最高峰、三原新山のわきである。登山道はそのピークを避けるように通じている。風はびょうびょうと吹き、それはあくまで冷たい。震えそうになる瞬間だが、この風景を見て多くの人が立ち止まったり写真を撮ったり。ある中年女性に至っては、ギザギザの溶岩に何とか腰掛けておにぎりをほおばったりしている。しかし私は、先へと進んだ。
内輪山を東へ、やがて北寄りに進み、86年の大噴火以前は最高峰だった、剣が峰を目指す。このあたりで、火口がよく見えるようになる。

今は水蒸気がところどころから、ちょびちょびもわもわ吹いている程度の火口だが、御神火様のご機嫌次第で、この巨大な穴はマグマで埋まるのである。
一瞬、雲が晴れた時、ようよう剣が峰にたどり着く。1226時、登頂である。バンザーイ!!
見れば内輪山の内側斜面からも水蒸気が吹き出し、視線を先に送れば相模湾である。ビノを取り出せば、湘南から千葉まで見渡せる。

と、考える間もなく、空は再び曇ってしまう。周囲は薄いガスがかかり、視界はあまり開けない。ふと振り返ると、先ほどの神風景が、角度を変えてまた。

寒さと高度でカメラの電池がすぐ切れる。取り出して掌で温めたりこすったりしながら、だましだまし写真を撮る。ズームしてみると、利島新島式根島の姿がはっきりと。

登頂の記念に、神風景と共に自分の顔も撮っておく。
左に見えるのは火山研究所の先生方が設置なさった観測機器、オレンジ色の筒の中にはハローキューブプリズムが入っている。おそらくはレーザーを当てて地点間の距離をはかり、地面のかすかな伸び縮み傾きを観測するのだろう。
私の表情が険しいのは寒さと風のため、それと入れ替えもしないのに、残量100%と0%をくるくると表示する、カメラ電池の不安のためである。ただし心はまことに満足だ。
この風景に去りがたい思いはあるが、ほどほどのところで切り上げて道を先に進む。
稜線を行けば右手には、86年の大噴火でぱくりと割れて火を吹き上げた、側火口が見えてくる。

その先は裏砂漠、これは明日のお楽しみ、うふふ。
お鉢巡りもほぼ終盤になるころ、大島温泉ホテルからの道を上がってきた団塊夫婦と出会う。うわぁ-、と思っていたらそのおやじが、道はこっちでしょうかと丁寧な言葉で私に尋ねる。
おおっ、団塊が丁寧な言葉でものを聞くのは珍しい*。山中、人おのずから正し、って誰の言葉だったっけ**。
さらに行くと、なんとここでキャンプ場の先客Oさんと出会う。聞けば借りた原チャリに乗って裏砂漠を通り、麓からここまでよじ登ってきたという。つまり、私が昨日失敗したコースを、ひょいと登ってきたというわけだ。さすがは岳人、シロートの私とは技術が違う。
1302、お鉢巡りを終える。下山口にある、地学的には重要だとかいうナントカ岩を振り返ると、敏感な人なら拝んじゃうような景色になっていた。モーゼとかもたぶんそうだな。

私は預言者ではないから、看板引きはがして持ち帰ることもなくお山を下りる。
坂道を下りていくと、生足を膝上何センチのスカートで巻いた少女が、家族と共に登ってくる。オイオイそりゃ無理だよと思うが黙っておく。一風吹かれりゃ震え上がって降りてくるだろ。
平地に着いた。テクテクと溶岩の原を御神火茶屋へ歩いていると、行きには気付かなかったおもしろい造形に気付く。浅間山の鬼押し出しも様々な造形があって面白いが、三原山のもなかなかな見物だ、鬼押しと違ってタダだし。

おもしろいのぉと楽しみつつ道を行くと、湾曲した道の向こうから、どう見ても小学校低学年としか思えない坊やが現れる。他には誰もおらずたった一人だ。私は他人と関わらないことを身上とする人でなしではあるが、さすがにこれはまずいでしょう。坊や、独りかい? と尋ねると、うんにゃというので安心した。
後ろに家族が居るのであろうと道を行くと、くたびれた顔をした頭の薄いおっさん(ただし年下であろう)と、これまたくたびれた顔をしたその妻と、同じ表情の少女が現れる。
おっさんは帽子も被らず、さてこそスキマを吹き抜ける風が冷たかろうと同情する。これが坊やの家族なのだが、両者はかなり距離が開いていることから察して、坊やは飛び抜けて元気者と見える。
翌日これは証明された。港でこの家族を再び見かけたのだが、3人は、たった今財布を落としましたといった表情で、埠頭の寒空をしゃごみこむ。対して坊やだけは元気に飛び回る。家族って面白いね。
駐車場のメイト君の所に戻り、ライダーに変身して下山する。

時刻は14時前、さ、メシメシ!!
(つづく)
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*団塊が丁寧な言葉でものを聞くのは珍しい:
団塊に出くわすとろくな事にならないが、旅先ではそれが顕著で、奴らは実に横柄な物言いでものを尋ねる。
例えばメイト君なり重爆RS号に騎った私に車を幅寄せし、窓開けていきなり「オイ○○に行くのはどっちの道だ」など。拳銃の携帯が許されてる国だったら、その口に一発ブチ込んでやるところだ。

ビュレットを叩き込んでやる!byデュナン・ナッツ
(C)士朗正宗/SILVER SURFER BLOG
連中にそう言われて普段は黙っているが、あまりに頭に来た時は、ニッコリ笑って丁寧に、間違ったとんでもない道を教えたくなることもある。
山中でいきなり道が途切れその先ガケとか、デカい車じゃ入ったら最後、出るに出られぬ荒廃路とか。いっくらでもあるぜぇ。
その結果連中がどうなろうが知ったことではない。奴らの自業自得なのである。
**山中、人自ら正し:
漫画『岳』を読んでてピンと来た。もしかして陸羯南先生かしら?
名山出名士/此語久相伝/試問巌城下/誰人天下賢
名山名士を出す/この語久しく相伝う/試みに問う巌城のもと/たれ人ぞ天下の賢ならんや

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