(5)


伊豆大島三原山は、噴火口のある内輪山の外側に、直径2~3kmの、南北に長いまゆ型をした外輪山を持っている。

(灰色のマス目が500x500m)
メインの登山口である御神火茶屋は、その外輪山の西北の際にあるのだが、中央の内輪山に登るためには、一旦外輪山を、内側へ下りねばならない。
下りきる前に分岐があり、これまたメインの登山道は赤線で示したルートであって、内輪山に達するまで舗装もしてある。無論、観光用のお馬サンと緊急車両以外は、徒歩でしか通行が許されていないが、それでも砂や黒いごつごつした軽石や火山灰に足を取られることもなく、比較的軽装で登ることが出来る。
さて、ここで私は失敗をやらかす。
分岐の看板をどう読み間違ったか、青線のルートを進んでしまった。何を考えていたのかははっきり覚えがないが、青の方が楽そうに見えたことは確かである。
こちらの道は外輪山の内側の麓を伝っていくだけに、灌木やらが生えていて最初の視界は開けない。当然舗装もなく、かなり深い砂を、砂漠を行くラクダのようにてくてく歩いていく。

幸いにも足ごしらえはライダーブーツではなく軽登山靴だから、歩行そのものはさほど難儀ではない。
やがて雑木林を抜けて視界が開ける。荒涼としか言いようのない風景で、映画『二〇三高地』のロケ地になったのもむべなるかなだ。外輪山の山々を眺めつつ、「二龍山、万龍山、松樹山、東鶏冠山」などと、映画ナレーションの台詞を思い出していた。

もうそろそろ、内輪山=頂上へ向かう分岐があっていいはずだが、いっこうにそれらしき道は見えない。見えないというのも実はウソで、それらしきのがあるかな? と言った程度にはあったが、そのまま分岐せず進んでしまう。上の地図で言えば、この時点で私は、青の点線を行ってしまったわけだ。
今思い返せば、分岐らしき所に杭のようなものが立っていた。それを三脚代わりにして撮ったのが上の写真だが、これが道案内だったのだろう。しかし風雨にさらされた板きれが、杭から外れ根本に落ちていただけで、その書き記した文字を判読することは出来なかった。
これは人サマを責められることではなく、事前の情報収集がエエカゲンだった私に責がある。高山でないとは言えお山はお山、ちゃんと地理院地図ぐらいは持っていくべきという、今後への教訓である。コラッ! ここでガーミンなど欲しがっちゃいかん! と、今自分を叱った。
さて、歩けど歩けど道は山へ向かわない。当然である。このまま進めば外輪山をぐるっと回って、その先は反対側の海に出てしまう。おかしいナーと思っているところで、道が外輪山のエッジに出る。見下ろせばそこには、神風景が待っていた。

しばらく眺めた後、また歩みを進める。と、道が内輪山に近づき、見上げればお鉢巡りの整備された道が見え、人が何人かうろうろしている。
こっからなら、登れるんじゃない? と、とんでもない考えを起こす。というわけで道を外れて山腹をトラバースしながら登る。うんこりゃいけそうだ、と勢いに任せて登るが、遭難の始めというのはこういった状況なのだろう。
ずいぶん登った。先ほど歩いていた道ははるか下だ。見上げれば内輪山だが、かなり近くなってきた。休みつつ登っていくが、ある地点から、急に地形が険しくなる。
足下は砂とか土とかそんな生やさしいものではなくなってきており、ギザギザのまま固まった溶岩やら、人間の頭ほどある火山弾が火山からダーン、と落っこちてきたのやら。こんなんまともに食らったら、即死だろうな。

あとすこし、もうちょっとで手が届く、と、そんな地点で、私はあきらめた。理由は以下の通り。
1)地形が急に険しくなっており、私の体力技術では無理であること。
2)登山とは、上りより下りの方が技術的に難しいこと。ゆえに登れないなら下りは相当危険だということになる。
3)手持ちの水が、水筒の1/3を切ったこと。
4)そして何より、別に今日登らなくてもいいし、明日登れなかったとしてもまたそれも良しだし。
まぁ私は遊びとか笑かしで登ってるのだから気楽なものだが、旅順で戦った兵隊さんは大変だなァ、登るだけじゃなく弾が飛んでくるんだから、と思いつつお山を下りる。
予想どおり相当に下りは困難で、と言っても危ないほどではない。ただしストック2本持ってきたのは正解で、何度か転倒しそうになったのをやっと支える。振り返ればそこには、登り損なった内輪山が、まるで二〇三高地のように。

先ほどの道に戻ってきた。行きしなに付けた自分の足跡が、今度は道案内になる。

てくてく歩いていくと、行きには気付かなかったおもしろいものがあるのが目に止まる。まずは草に埋もれた避難所。おっきなコンクリ管を横たえて置いてある。

視線を外輪山に向ければ、外輪山の切れ込みを埋めるように作られた、ロックフィルダム状の構造物が。

86年の大噴火の際、溶岩はこの広大な外輪山の荒野を埋めて、今にもあふれ出ようとし、一部は地面が裂けてあふれてしまった。それでこのような壁を作ってあるのだろう。
今見返しても、このカルデラの荒野は相当に広い。村の一つぐらいは出来そうである。それを溶岩が埋め尽くしたというのだから、自然の気まぐれは人間の想像を超えている。

やっと御神火茶屋前まで戻って来た。振り返って三原山を拝む。
明日はもう間違えない、左側の道を行くぞ!

そんなことを思いつつ、座って休んでいると、この登山道を、頭の丸いおっちゃんと、かわいらしい娘を含む、その家族が帰ってくる。見ればずいぶんと軽装だ。娘はお母さんをいたわるように、手を貸して歩いている。おっちゃんはそこそこに亭主関白なのだろう、勝手に先へ歩き、それでも妻娘が心配と見えて時折立ち止まって振り返っている。まことによい景色だ。
とまれ、第一回旅順総攻撃じゃなかった三原山登頂は失敗。また挑戦するぞ! アッカンベ~。
…Sくんや、ワシは水毒かのぅ。
(つづく)

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