(7)


かんかんと、踏切とそれを越す電車の音がする。
おっさんの朝は早い。
ここのところの人造温泉生活と、疲れを翌日に残さない工夫により、翌朝やたら早く目が覚めるのである。
窓からは朝日が差す。東向きの部屋だけに当たり前だが、Sくんはまだよく眠っているため、暗幕のカーテンから首だけ出して外を覗く。
それにも飽きると、カーテンで極小のテントを作り、持参の温泉本の続きを読む。
1時間ほどしてSくんが起きる。
前日の申し合わせで、チェックアウトぎりぎりの10時までごろごろしよう、という話になっていたから、グダグダと身繕いしチンタラと荷物をまとめる。
まだかったるいかい? 今日も車転がしてもらうんだから、すっきりしたけりゃ熱つ湯に入るといいよ、と、今本から仕入れたばかりの知識をひけらかす。いやダイジョーブです、とSくん。さすがに若い酒飲みは頼もしい。
朝食は予約を取っていない。チェックアウトがてら、腹減ったなぁと私。Sくんはそれほどでもないようだが、おっさんは大食らいでもある。
じゃ階下の食堂でも行きましょうか、行ってみればすでに閉店。当たり前だろう、もう10時過ぎてるんだから。
車を取りに行く前、昨日偵察済みの酒屋に寄る。横山商店駅前店である。気付けば空は小雨になっている。仕込み杖から傘取り出して差すが、今日の天気は良さそうにない。
店内はまだ開店直後とて空いている。ころころケース引いた若いカップルの、買った酒を送ろうと伝票書いているのがいるばかり。

昨日呑んだ店、酒味の郷いさり火で、新潟地酒のうまいのを試したから、まず買いたいのは久保田の翠寿である。
ただしうまい上に限定品だから、結構いい値段がする。
酒飲みとしてはタル抱えて買って帰りたい気分だが、中ビンしかないのは財布に優しい。
私にはも1つ目当ての酒がある。それは麒麟山だ。
昨日見つけて気になったのだが、色混じりのない透明でつやつやのビンに詰めてある。それはあたかも、これぞまさに越後の酒だよ、さあ呑んだ呑んだと言わんばかりだ。
そもそも日本酒というのは、薄い黄金色をしたものだ。亡くなった小さん師匠の十八番だった「長屋の花見」では、金のない大家が番茶を水で割り、酒もどきを作っていたが、貧乏な店子どもを前に「どうだ、いい色してっだろう」という大家の言葉も、この前提がないと面白くない。
対して越後杜氏は、ポン酒でありながら無色の透明である。本当に水みたいである。ゆえに色がなければ無いほどに、いい越後酒だとの期待が湧く。
そう言えばこの店には、東京ではおなじみの上善如水が置いていない。よくよく見たら、冷蔵棚に小さいのがありはしたが、探さなきゃわからないほどである。しかしその理由は良くわかる。あの越後杜氏は、本場越後では当たり前なのだ。たしか蔵元は越後湯沢だったと思うが、ここ地元ではそんなにありがたい酒ではないと見た。
昨日この店にやってきた時、Sくんは様々な越後酒について、これはこうだあれはああだと解説してくれた。もともと彼のご先祖はここ長岡の出で、一族の方が経営なさる金物屋さんも直近にあるのだが、それだけに越後の酒はよく呑んでいるらしい。やはり酒買うにも、こういった先達がいるというのはありがたい。
んで、Sくんこれはどうなの、と麒麟山を指したが、どうも呑んだことがないらしく、さぁわかりませんとの答えだった。
ここは一つバクチである。誇れるビンと酒の色で、迷わず一本買ってみる(後日呑んだら大当たり! こりゃイイの見つけた)。
さて、まだ気になる酒はある。越後の酒で私が知っていた銘柄の一つに、越乃景虎というのがある。謙信フリークの私にとっては見逃せない酒だが、実のところ東京で呑んでるうちは、それほど呑みたい呑みたいとは思わなかった。
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ここで余談。
今「謙信」で画像検索したらこんなのが。
http://figure.pya.jp/figure316/HOB-FIG-9116.html

…なんじゃこりゃあ。
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閑話休題。
昨日飲んだマス酒に、無論、越乃景虎はあって、それは吟醸でおいしかったから認識を改めた。しかし目当てはそれでなく、初めて見る景虎の梅酒である。

梅酒なんざヒローエンの乾杯酒か、おネエちゃんの飲むものだと私は思っていたのだが、それは菅野美穂のせいであろう。ただし景虎の梅酒となると話は違う。とりわけ梅酒なのに無色の透明なのは珍しい。ただし見れば結構いい値段がする。いい値段がするものは必ずしもいいものとは限らないが、酒に限らずいいものは、それ相応に高いのが相場だ。
ここでしばらく迷ってかごに入れ、レジに向かう。中ビンばかり3つである。
見ればSくん、一升ビンを何本も抱えている。一家そろって酒飲みだから、これぐらいは要るという。聞けばお母上は、次から次に出る一升ビンが、ビンカン類のゴミの日に、家の前にずらりと並んで恥ずかしい、とのこと。ただしお母上もまた酒飲みだそうだから、その一味ではあるのだが、とSくん笑う。
店番してるのはたった一人だ。そのレジに立つおネエちゃんは、飲んだくれ二人がかごに入れた、そんな酒類をてきぱきとさばいていく。ここで景虎梅酒を手に取った彼女、お客さんお目が高いというようなことを言う。
あたしもこれよく呑んでるんですがね、本当にうまい、まるで高級ワインのようで、でも限定でこの季節しか呑めないんですよね、蔵元もあんまり作らないし。実はですねぇ、といって彼女は、奥の方から何やらごそごそ取り出す。
こんなのが、といいつつ出てきたのが一升瓶である。普段は無いんですがね、あまり出回らなくて。ウチは蔵元から特別に取り寄せて、少しだけ有るんですがね、という。
もう私は、ワナにかかってばたばたしているウサギのようなものだ。
すでに支払いも終わっているにも拘わらず、一本この梅酒の中瓶を買ったにも拘わらず、気がつけば私は、がま口を開けてカードを取り出していた。
後日のことだがこの梅酒、呑んでみて、マジでうまい。うまいうまい。一升あっという間に呑んでしまった。悪しくない商業主義とは、こういうことを指すのである。
さて男二人して酒をかつぎ、店を出る。
駐車場に向かいつつSくんが、あのおばさん面白かったですねと言う。
おばさん。おばさんね。私にはおネエちゃんだがおばさんね。ふぅ。
おっさんは、こう言う時に、自分の歳を知るのである。
…彼女の写真、撮っときゃよかった。諸賢のご判断を仰げたであろうに。
そんなわけでこの珍道中、まだまだ続く。

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