(5)


越後平野の広大な田園風景を抜けると、やがて長岡の市街に入る。

その市街はと見れば、小学生の時に習った、いわゆる「がんぎ」があるほかは、これと言って特徴のない地方都市、に見える。
ただ諸国放浪の者として気付くのは、比較的どの商店も、生きていることだ。
近頃は東京圏をちょっと離れると、いずこも同じ秋の夕暮れ、シャッター下ろした、しもうた屋ばかりが目につく。無論長岡とて、そうしたヤメっちゃった店はあるが、他の都市ほど目立たないのはなぜだろうか?
wikiによれば、「新潟県のほぼ中部に位置し、商圏人口は60万人を超えると言われる。しかし、平野に位置しているので…商業施設の郊外化が顕著であり、中心市街地の空洞化が深刻である。」とあるのだが。
今夜の宿は、長岡駅すぐ近くに取ってある。ただいまの時刻は16時、このまま宿に向かっても仕方がない。長岡と言えば河井継之助と山本五十六であり、その記念館のたぐいは無論この旅の目的地として予定しているが、それに向かうにはチト遅い。
ここで、温泉なんかに入りたいですねェとSくんが言う。宿にゃろくな風呂無いですからね、ビジホですから。うんいいね、どっかおすすめなとこあるの? いえ、特に知りませんが。
ふっふっふ。そーかそーか。おっちゃん張り切っちゃうよ、何たってバイク乗りですから、と、再びツーリングマップルを取り出す。
最近、普通の人が使うロードマップというものを見てないから知らないが、ツーリングマップルはバイク乗り向けだけあって、湯・メシの情報はふんだんに載ったぁる。フィールドを高速で移動するわしらは、うまいもんとフロに飢えているのである。
見れば長岡周辺にいくつか、温泉と日帰り湯が書いてある。
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えと3件ほどあるよ、どれにする?
なんか面白いとこありますか。
うん、かま風呂ってのがあるな。
男同士でカマ風呂ってのはいやですねぇ。
いやカマじゃない、釜だよ。
うっふっふ。そこにしましょうか。
お、そーすっか、えーと、あ、通り過ぎちまったい。
じゃあダメですね。他はどうッスか。
えーと、沸かし湯と天然どっちにする?
そりゃ決まりでしょう。
うん、じゃ、その次の信号左ね。
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航海士をナビ君からおっさんに交代、古風な橋で、暮れなんとする信濃川を渡る。長生橋である。この橋は長岡にとっては長い歴史を持つらしく、街のシンボルと言われているそうだ。
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(以下リンク先より引用)
当初この橋には臥龍(がりゅう)橋(腹を中州に付け、格好が龍が寝ている様に見えたため)という名前がつけられましたが、明治9年10月の開通式の際に『長生橋』に名前が変更されました。長岡市の「長」の字と、この橋が草生津(くそうづ)という地区に作られたことから「生」の字をとって名付けられたと言われています。(引用了)
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なるほど、「くそうず」ね。くそうずとは石油の古語だ。新潟は日本には珍しく石油が出るし、後日のチエでは、長岡の工業的発展は、もともとこの街に石油関連企業が集まったことにある、と知った。
左岸に渡れば市街はすぐに途切れ、郊外らしい風景が広がる。というか、まるで大平原を走っているような錯覚を起こしそうな地平線である。オッサン思わず鼻歌をうなる。赤軍のとある軍歌を、聞こえんように。
Шли солдаты, шли солдаты
Защищать свою страну.
(兵は征く、兵は征く、国守るため)
Шли солдаты, шли солдаты
На священную войну.
(兵は征く、兵は征く、聖なるいくさ)
Сквозь закаты шли солдаты в бой
(夕日を背に浴びて 兵は戦場へ…) 
このように信号もない、しかしそれにしては広く舗装の良い田舎道(これも角さん現象?)を、目的地である寺宝温泉に向かう。
この温泉についての詳細は、地図には何も載っていない。ただ、天然の湯であることを示す温泉マークが、赤く記されているだけだ。
しかもかなりへんぴな所にあり、目当てとなるような建物もない。人力ナビとしては大丈夫かしらんとやや不安になって、あれやこれやとそれらしきものを探すと、まるで油田の掘り出し塔みたいな、赤錆びた?構造物が、道路脇に現れる。
どうやらその先らしいよ、と角を曲がれば、日が落ちるぎりぎりに、目指す寺宝温泉に到着した。
結構流行ってますね、とSくんが言う。じゃわしらも温泉でも掘るか、とチャリ入れつつ眺めれば、あまり広くはない駐車場に、ほぼいっぱいの車が停まっている。加えて源泉掛け流しではなく掛け捨てという、まるで自動車保険みたいな湯を誇るならば、相当に薬効ありと踏んでみる。
館内はそれほど広くはないが新しく、清潔感がある。よくある公共の日帰り湯と似ているが、ここは個人経営だから、その分手入れが行き届いていると見える。
見回せば日帰り・泊まり湯治いずれの客もそれほどおらず、駐車場の様子から心配したほどには混んでいない。
後日のチエではこの温泉、もともと普通のお家でやっていたのが、評判が徐々かつ密かに高まり、知る人ぞ知る湯となったという。ゆえに遠来の湯治客も泊まれるよう、最近改築したらしい。
受付でなにがしかのお金を払い、早速Sくんともども風呂場に向かう。脱衣所が思いの外狭く、ついでに団塊おやじがとぐろを巻いているが、頭ん中はフロフロと思うゆえ、おやじどもの傍若無人も気にならない。
がらりと開けて風呂場を見れば…なるほど、火山性の温泉でないだけあって、湯は「おっそろしく赤い」。
司馬先生が有間の湯の悪口を書く時、こう表現しているのだが(『国盗り物語』)、先生は続けて「火山地帯である東国に住む者なら、土民でもいやがるような湯を…」と書く。
対して土民ではあるが銀河熱風オンセンガーでもあるこの九去堂は、こうした湯をいやがりはしない。
この手の赤い湯ならば、まず間違いなく古代の海水が閉じ込められた化石泉である。
それゆえ当時の海草成分のミネラルと、海水の塩分がたっぷり詰まった、薬効優れた温まる湯であることを予感する。
室内の浴槽は暖かい・ぬるいと2つに分かれており、その中央に通路がある。通路の果てはドアであり、そこを開ければ露天風呂に出る。
露天には檜のと天然巨石の浴槽があり、前者ではおやじどもがゆで上がっている。
傍らには、「みなさまにお入りいただけるよう檜風呂は譲り合ってうんぬん…」と書いてある。むろん団塊おやじが、ルール・マナーに従うなんてことは、日が西から上ってもあり得ない。案の定どいつもこいつもあさっての方向を向き、気がつかぬふり寝たふりを決め込んでいる。このまさに団塊らしい連中を見て、Sくんが微妙な苦笑を私に向ける。しかし私にとってはヒノキ風呂なぞ、そんなにありがたいものではない。
加えてこれほど接近して団塊と共に湯に浸かれば、団塊汁がついて団塊が伝染る。
ゆえに連中の不作法など問題ともせず、Sくんともども巨石風呂に浸かり、ゆったりと湯を楽しむ。確かこの時は、この先の仕事関係のような話をしたと思うのだが、詳しいことは忘れちまったい。それだけ湯を楽しんだのである。
掛け捨てだけに大丈夫だろうと、湯口から掬って舐めてみる。ほとんど塩気は感じない。ただしミネラル感は十分にある。
しばらくしてSくん、室内の浴場に戻る。つられて私も中に入る。やはり足を伸ばして浸かれる湯とはいいものだ。ほぼ水面に平行となって、寝ながらぼ~んやりと、湯に浮かぶ。湯がふしぶしに染みいるようじゃ、とはこのことである。
温泉を堪能して風呂から上がる。ところが、拭いても拭いても汗が出る。これは食塩泉の特徴だが、それほど塩辛くないのに驚きだ。ロビーに戻ればSくんも、しきりと暑い暑いと言って、扇風機に取り付いている。一方私はといえば、温泉の成分分析表を、ふんふんと言いつつ読み回す。
先生方のご本によると、食塩泉とその保温効果は、濃度によってほぼ比例するものの、ある閾値から急激に効果が出るという。ならば刺激少なく効果があるということで、この温泉は名泉と言って良い。さすが「こだわりの湯」と、温泉のあるじが言うだけのことはある。
パンフとサイトによれば、あるじはもともと井戸掘りのおっちゃんで、不幸にもガンに取り憑かれたという。それゆえ全国を旅して湯治に巡ったのだが、これと言って効果のある湯に出会えなかった。
落ち込んだところでふと思い立ったおっちゃん、自宅の庭を掘ってみた。そしたらこのようなすごい湯が、自噴でどんどん湧き上がってきたという。
おかげですっかり良くなったから、ここは1つ温泉を公開しようというので、このような施設を建てたらしい。
まことにめでたしめでたしである。今は掘削技術が上がったからどんな所でも、深く掘ればたいていは温泉が出る。それは一種の化石であり、地中深く溜まったお湯をくみ出しているわけだ。
それゆえいつかは枯渇してしまうのだが、それを気にせず掛け捨てとは、おっちゃんなかなかの太っ腹、しかも入浴料宿泊費、ともに良心的である。今度泊まりで来ようかしら。
見れば日はすっかり落ち、地平線にともし火が光る。デラックスな喫煙所で煙草を吹かすと、Sくんもまた、やって来た。
あれ、君、タバコやめたんじゃなかったけ? この先リーマンとなるはずのSくんは、それゆえ煙草をやめたのである。今時の企業に入るってのは、新興宗教の一員になるのと変わらないから、いじめられるリスクは減らそうというのだ。
まぁ今日の所は、例外って事らしい。それなりに見栄えのする夜景を眺めつつ、両人共々のんびりと、タバコを楽しんでいた。(つづく)
*この回はカメラを風呂に持ち込むことをはばかったゆえ、拾いものの画像を多数使っております。どちら様も乞ご容赦。

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