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1445ごろ、1時間ほど過ごした長岡の迷所から車でまろび出でつつ、Sくんが「山古志村へ行きましょう」と言う。
今はやはり長岡市となった旧山古志村については、中越震災と棚田以外、私は全く知るところがない。しかも村へ入る直前になって、かつて見た写真集の風景が記憶に蘇り、あーそーいや棚田の村だ、と思い出した程度である。
これでも私は、諸国一見の僧のつもりでいるのだが、今までのツーリングは伊能忠敬状態であって、新潟県は海浜部しか知らないのだ。
道はどんどん山へと入っていく。なるほど震災で孤立するわけである。もっとも山と言っても、海浜近くのこのあたりでは、それほどの高山はない。富士や八ヶ岳、中部山岳地帯といった、3000m級の山々に親しい私にとっては、標高から言えば丘みたいなものだ。
それでも道はおそろしく草深く、舗装と電柱以外、人の手になるものの姿もない。ススキが生い茂って壁を造っていることもあり、一層その印象を深くする。
20分ほど走って、ようやく山らしい風景が広がる。道路の傍らに、ちらほら棚田のたぐいも見え出す。
とある峠を越すと、やっと人家が見えだした。集落そのものはこれといって特徴のない、普通の山村である。それでもめずらかには違いなく、ほほう、ほほうと商店の看板や小学校の壁画などを流し眺めていると、Sくんの様子が少しヘンである。
どうやら道に迷ったらしい。実はSくん、しばらく前に家族でここを訪れているのだが、その時見たベストの見物地点へ私を連れて行こうとしているわけだ。ところがナビ君の言うとおりに走っても、いっこうにその地点にたどり着かず、やや困っているもようである。
加えて日はどんどん陰ってくるからたまらない。出ずれば即ちラソツにとっ捕まる、怪しい風体のオッサンと、若いニイチャンの二人連れが、ああだこうだ言いながら、夕日をあびて青春したところで仕方がない。ましてこんなのが夜中になって棚田を見下ろしてたら、村人に取り囲まれて狩られてしまうかもしれない。/(c)ほりのぶゆき
結局、集落をぐるぐる回って、さっきの峠に戻ってしまった。あっれーおかしいな、確か郵便局があってどうのこうの、今地図を調べますからごめんなさい、とS君が首をかしげる。
さっきの「展望台はこちら」って看板は違うの? ああ違うの。いやいやケッコウ、無論珍道中は望むところです。これ幸いとオッサンは、煙草を吸いに車から出、ドイツの軍用ライターでぢやっと火を付ける。
ふーーーー。
雲は高く空は青く、鳥はピーチクと空を飛ぶ。高みにはトンビも舞っている。まんが日本昔話のような風景の中、のんびりタバコをくゆらすのは悪くない。
峠を行き交う車はまばら、しかもコンクリ屋のミキサー車やら農具積んだおばばの軽トラなどであり、他郷からやって来たと見えるものはない。風景とタバコを堪能して、おっさんは車に戻る。
Sくんの言うには、先ほど通りがかった局は目当てと違うようで、次なる郵便局をナビ君に設定して走り出す。再び集落を通り、山腹を切って造った道を通り過ぎる。ほどなくそれなる郵便局の前に出るが、やはりここも違うらしい。
一旦通り過ぎて進んでいけば、ありゃりゃ、こりゃ村を出てしまう、というわけで、一旦道路脇に車を止め、しばらく風景を眺めたり写真を撮ったり、撮ってるのを撮ったりした後、先ほど通り過ぎた郵便局に戻る。
不思議にも、山古志村には郵便局が複数有る。ま、それはそうでしょう、谷々毎に集落があって互いに孤立している、そんな村には、郵便局は唯一の金融機関でもあろうから、谷それぞれに必要になるわけだ。
そんなこんなで1520ごろ、車を止めた郵便局は、その中でも大きな局らしい。誰か出てきたら金おろすんだとか言いましょうと、Sくんがなかなか香ばしいことを言って車から下りる。
中程度の都市ならば、集配もしないただの局といった程度の大きさだが、ここにはちゃんと集配の設備がある。ならばここにはメイト君が、と思えばそこにいた。兄貴分のカブ君とお尻を並べてなかよく同居だが、同じく兄弟のバーディー君はいなかった。
ほどなく局のおっちゃんが現れる。普段から、人相風体の悪さを自覚している私は、腰を低くして丁寧に挨拶する。挨拶したとなれば開き直って、局の裏手に回って村を見下ろす。山腹に張り付くように立地するこの局だけあって、村と棚田を見るにはよいポジションだ。こんなとこから村を見下ろすわしら、フドーサンヤにしか見えんでしょうね、とSくんが言う。
ただ残念ながら季節が季節だけあって、ススキが茂って視界を遮る。無論棚田にも水はなく、あってもなんだかサトイモ沼のようで、写真集のような風景とはいかない。
ま、それはそれでいいものだ。いつか機会を見つけて、ベストシーズンに馬で出かけるとしよう。と振り返ればツーリングの集団、いずれも新鋭重戦闘機乗り。
あれはどうなんですかとSくんが言う。ツーリングの衆のことである。私は自らの上手ヘタは別として、鉄の馬歴は長いから、見れば乗り手の技量がわかる。
うん、ま、いいんじゃない。格好もまともだし、とSくんに言う。然り、まともなSHOEI/Araiメットにまともなジャケットとパンツ、キチンと鎧も着けている。
やっぱそうですよね、とSくん。夏のバイトで行っている、さる高原保養地のオーナーもまたバイク乗りだそうだが、かならず上記のような格好をして乗るという。
思えばかつて、スキーやる人の中には装備をバッチシ決めた初心者を、ばか者呼ばわりする者がいた。つまらない思い上がりと言うべきだが、そんなバブル女で充ち満ちていたからこそ、私はスキーを始めそこね、今でもアメンボのまねなどと言ってのけるのだろう。さるをさる呼ばわりするのもそのためだ。ゆえに今も私は、勧められてもアメンボにはならず、ありゃバブル女と、生えっぱなしのキノコ男がするものだという偏見がどうしても抜けない。そりゃ良くないことだが仕方がない。/(C)吉田秋生*
それはともかく、バイクと違ってスキーの場合、妙ちきりんな格好で滑る人はいないらしい。スキーのための防寒なら、綿入れモンペと藁ミノと編み笠で決めても良さそうなものなのだが、あ、そりゃスキー達人のマタギか。
対してバイクの場合、ふざけたメットをアミダにかぶってあご紐も締めず、サンダル履きで乗るようなばか者は珍しくない。まさに命知らずと言うべきだが、そんなカッコでは車とかにチョンと当てられただけで死んじまうから、車にとっても迷惑だろう。
高価なハーレーとかを乗り回してる人でも、この点わざわざアメリカのならず者の格好をして喜んでいる連中がいる(どういうわけだかBMW乗りにはいない)。ついでにやたらと徒党を組む。マフラーなんかはちょん切って、もともとうるさい爆音をさらに轟かせる。ま、人の趣味はそれぞれだが、そ言ったら奴でうまいのを私は見たことが無く、人間の程度がいいのにも会ったことが無い。一度会ってみたいものである。
さてしばらくたたずんで車に戻り、さらにほど近い崖の上の空き地に乗り入れる。Sくんの言うには、こここそ目当ての場所に一番近いとのこと。いやいやいいんだ、そもそも人間の感覚なんて当てにならない。かつての記憶は大事にとっておけばいいし、今は今の風景を見るとしよう。
遙か遠くの山に陽が傾く。これはなかなかの絶景である。
その山が何山か知りたくて、ここで私は持参のツーリングマップルを取り出した。S君はと言えば、スマホでググルの地図を呼び出す。互いにああだこうだ言いながら結局わからなかったが、おやなんだか、先ほどの青春しちゃったような始末となった。
このあたりの越後の山は、さほど高くはないのに、あの山が乗鞍とか御岳とか、目に親しんだ中部の高山のように見えたのはなぜだろう?
空き地がぬかるんでいたゆえ、靴はドロにまみれてしまう。やや申し訳ない気持ちで車に戻り、山古志村をあとにする。
山を下りれば日はいよいよ傾き、広大な田んぼとはるか遠くの新幹線、角さんが望んだのはこんな風景だったのだろうかと、ものみな金色になった景色の中を、浅田次郎の作品評などしながら、長岡市街に向かって走る。(つづく)

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*あたしゃ吉田さんの作品はどれも大好きなんですがね、やっぱバブル女なんですよ、この人。
ま、それでも、才があるゆえ男にたからず自立してるし(それでもリーマン捕獲して保険は掛けてたようだ、わしらと同じく水商売ですもんねぇ、漫画家ってのは)、家事とかちゃんとやってのけるだけ、いつごろかのどこぞかの生物よりまともかも知れません。
やれやれ、わしより炊事洗濯裁縫の得意なそ言ったら生物を、いっぺん見てみてぇ。

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